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zoom RSS (136)アメリカ大陸横断Dモニュメント・バレー(ユタ州アリゾナ州)とジョン・ウェインはなぜ死んだか

<<   作成日時 : 2011/08/09 10:17   >>

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モニュメント・バレーといえば、オールド映画フアンにとっては「西部劇の聖地」です。ユタ州南部からアリゾナ州北部にかけて広がり、テーブル形の台地や浸食が進んだ岩山が点在し、あたかも記念碑(モニュメント)が並んでいるような景観を示しているので、この名がつています。しかし、ここは古くからナバホ族の居住地域で、その一部が現在ナバホ族管轄の下に一般に公開されていて、「ナバホ族の聖地」とも呼ばれています。

2007年4月10日、私達はグランド・キャニオンの朝日を見た後、昼頃にここに到着しました。まずモニュメント・バレー全体が見渡せる場所に行きました。
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ここには、モニュメント・バレーを背景に西部開拓時代の住居の庭の雰囲気を醸し出す演出がしてありました(下写真)。
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断崖絶壁の下に、撮影に使われた駅馬車(下写真)が残されていました。
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下の写真は映画監督ジョン・フォードが、撮影時に寝起きした小屋とのことです。この中には映画のシーンの写真や関連グッズが展示されていました。
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ここから、私が実際に写して来た写真と、この景色を背景に映画に写しだされたシーンをネットで探して対比してみます。
まず映画は『駅馬車』です。監督ジョン・フオード、主演ジョン・ウエインの西部劇の古典的名作です。1939年に公開されました。この場所から私の撮った写真は下です。
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この景色をバックに駅馬車が疾走する映画のシーンをネットで見付けました。
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下の写真は場所を変え、方向を変えて撮った私の写真です。
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映画のシーンで、この景色をバックに駅馬車が疾走しています。馬の蹄の音が聞こえてきそうです。
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下は私の撮った二つの大きな岩の写真です。クリックすると大きくなりますので、左下の自動車と比べて下さい。その大きさが分かります。
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映画では、この二つの岩をバックに、後方を騎兵隊に守られて、前方を駅馬車が疾走する下の写真の場面がありました。
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下の写真の岩山を見た時、私はすぐに映画『黄色いリボン』を思い出しました。
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この映画もジョン・フード監督。ジョン・ウエイン主演の映画です。1949年公開です。下の映画のシーンのバックは、上の写真の岩山ではないかと思います。
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最後に、『荒野の決闘』、監督はジョン・フォード。主演ヘンリー・フォンダです。1946年公開です。この映画の最後の名場面が下のシーンです。
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この岩の形は、私の撮った下の写真に間違いありません。ただし見る角度が異なり、映画のように二つ重なっては見えませんが。
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それにしても、私の撮って来た写真と、映画のバックとが余りにも一致します。ジョン・フオード監督は、好んで一定の場所に映画カメラを設置しました。そこはモニュメント・バレーを一望できる場所で、ジョン・フォードポイントと呼ばれます。この場所が現在のビュースポットとなっているからです。

さて、西部劇についてしらべているうちに、広瀬隆著「ジョン・ウェインはなぜ死んだか」という文庫本があることを知りました。ジョン・ウエインは、1907年生まれ、1979年(72歳)に亡くなった、ハリウッドの大スターです(下写真)。
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本の内容は次のようです。
「アメリカは、1951年、52年、53年と立て続けにネバダ砂漠で核実験をした。それも80回以上も。その結果、ユタ州やアリゾナ州、ネバダ州など、ラスベガスの近くで大量の死の灰を降らせた。(下図クリックすると大きくなります)
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1954年に「征服者」という映画のロケで、その死の灰がある砂漠に行った俳優やエキストラ、スタッフらは総勢1200人、三ヶ月も屋外、つまり砂漠の上で馬に乗ったりしながら、粉塵を浴びつつ、撮影をした。内容は、モンゴルのジンギスカンの話だった。主演はジョン・ウェイン、スーザン・ヘイワード。その結果、有名な俳優らは、以後10年から20年の間にガンや白血病を患って、30代、40代の若さで亡くなってしまった。現地のエキストラも多くが死亡した。

ゲイリー・クーパー、ジョン・ウェイン、スティーブ・マックイーン、ロック・ハドソン、ロバート・テイラー、ジョン・フォード、スーザン・ヘイワード、ユル・ブリンナー・・・名のある俳優女優らが、その映画ではなくとも、砂漠でロケをしたりした結果、ガンになり亡くなった。

インデアンが核実験の大被害を受けエキストラがいなくなった時、ウエスタン映画も衰退に向かった。ハリウッドの西部劇がイタリアで作られたマカロニー・ウエスタンに取って代わられ、ほとんど制作されなくなったのは、単に時代の流れだけではなかろう・・・・」

というものです。恐るべき核実験の実態、そして私が長年不思議に思っていた「西部劇」が復活しない理由が分かりました。

<<付録>>映画「黄色いリボン」の映画のシーンと歌を掲載します。
She Wore a Yellow Ribbon
hamasgerさん 2012/01/19 にアップロード Music from the western movie


Round her neck She Wore A Yellow Ribbon
She wore it in the winter and the merry month of may
When I asked her why the yellow ribbon
She said “It’s for her lover in the US Cavalry” Cavalry,  Cavalry
She said “It’s for her lover in the US Cavalry” Cavalry,  Cavalry
She said “It’s for her lover in the US Cavalry

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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
素晴らしい景色ですね。
アメリカの広さ大きさをバスの旅で実感なさったのですね。

私の年代だとヘンリー・フォンダ・・ええとピーター・フォンダとジェーン・フォンダのお父さんよねって感じですが
ヘンリー・フォンダの方が名優なのですね。
ところで、80回もですか!!
80回も核実験がネバダの砂漠で行われていたのですか。
びっくりです。
正気の沙汰とは思えませんね。
国土が広いのも考え物です。
もし狭かったら絶対核実験なんてしませんよね自国内で。
ふるやのもり
2011/08/10 13:47
ふるやのもりさん
私は映画には詳しくなく、学生時代に古い映画をやっている「名画座」で見ました。
大陸横断をしていた時、帰ったらもう一度これらの映画を見ようと思い立ちましたが、まだ実現していません。
このブログを書いているとまたもや見たくなり、近く通販でCDの「西部劇」シリーズを購入しようと思っています。

アメリカの核実験は、日本に投下した原爆はニューメキシコ州で実験に成功したものでした。
戦後、ご存じの太平洋のビキニ環礁でも実験しました。
現在はネバダ州に核実験施設があります。広さは鳥取県くらいの広さがあるようです。
公表はしていませんが、犠牲者はあちこちに多数いるものと思いますよ。
M YASUDA
2011/08/10 17:17
お元気ですね。
良いところに行かれましたね。
私はアメリカ大陸には一度も行った事が無いので
広大さに感心しています。
中国の広さの感覚と又違う感覚なのでしょうね。
広大さと言えば中国のゴミ砂漠も広く何処から
何処までが陸で、ふぶけば空と陸の境界さえも
解らなかったのを覚えています。
写真拝見する限りでは天候にも恵まれ
良い旅をされましたね。
あいべん
2011/08/14 12:34
あいべんさん
お読み頂きありがとうございます。
モニュメントバレーは西部劇フアンにとっては、限りなく魅力ある所でした。
ブログにも書きましたが「ジョンウエインはなぜ死んだか」を図書館から借りて読み出しました。
これによると、映画関係者ばかりでなく、付近の町や村に住んでいた人々、それに原爆事件に関係した軍人達が次々とガンで死んで行きながら、政府は彼らの死と原爆実験の因果関係を認めようとしなかった実態が、詳しく述べられています。
この政府の隠ぺい体質は、日本政府が原発事故の実態を隠ぺいしていることと全く一致します。
原爆実験の実態を知り、余りのショックの大きさに今少し、ブログが止まってしまいました。
原発も原爆も同じもの、「脱原発」は絶対必要との思いを強くしています。
M YASUDA
2011/08/14 16:20
西部劇は日本の時代劇のようなものでしょうか?私の場合ディズニーランド内、ウエスタンランドの風景を思い出し「荒谷の七人?」映画?ドラマ?をTVでちらっと見たような記憶があります。それにしても、西部劇と核兵器とに関係があったとは、アメリカ国民も被害にあっていたなんて!以外なのと、驚きです。
はな
2011/08/24 23:36
はなさんへ
「西部劇」は日本の時代劇とは少し違うと思います。
西部劇は、アメリカの開拓時代の記録だと思います。開拓時にはインデアンと戦い、自分達の開拓地を広げて来ました。西部劇にはインデアンが必ず悪者として出てきますが、インデアンとの闘いを正直に映画にしています。今はアメリカでは反省を込めてか、インデアンとは言わず「先住民」といっています。
これに対して、私はオーストラリアンに駐在したことがあります。オーストラリアの開拓時には、原住民を大虐殺していますが、これが映画になったことはありません。現地に行って大虐殺を初めて知りました。

「荒野の七人」は、黒沢明監督の日本映画「七人の侍」のストーリーをまねて西部劇として作ったものです。

西部劇シリーズのDVDを購入しました。
この中の「駅馬車」を明日のレッスン時に持って行きますので、自宅で見てください。ブログに書いていますが、西部劇の古典的名作です。白黒映画ですが、モニュメント・バレーの風景が何回も出てきます。
M YASUDA
2011/08/25 15:05

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