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zoom RSS (195)日光・奥州街道、奥の細道@ 日本橋から杉戸宿

<<   作成日時 : 2012/03/26 23:23   >>

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2012年3月21日、「日光・奥州街道と奥の細道バス旅行」の第1回(日本橋から杉戸宿まで)に参加ました。
(0)日本橋
日本橋は東京都中央区の日本橋川にかかる橋で、1603年に五街道の基点として架けられました。現在の石造りの橋は1911年に造られました。橋の中心に「日本国道路元標」があり、日本の道路網の始点となっています。また元標の真上には首都高速道路が走っていますが、その間の橋桁を挟んで、空中に「道路元標地点」の柱が立っています(下写真 クリックすると大きくなります)。
また、近くに「東京市道路元標」もあります。
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日本橋のたもとには、関東大震災まで魚市場がありました。下写真はその案内板にあった当時の写真です。
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(1)千住宿
千住宿は江戸四宿の一つで、日光・奥州街道、水戸・佐倉街道の初宿です。また松尾芭蕉の奥の細道の出発点でもあります。千住大橋北詰めの大橋公園に前回ブログに掲載した「奥の細道行程図」や「矢立始めの碑」、下のような壁画があります。
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千住宿には、江戸時代から続く青果物問屋街の「やっちゃば」(せり市場)や、高札場、一里塚、貫目改所があり、その碑がありました(下写真)。
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下写真の店には「蒟蒻屋 粉川吉治 現五代目」の看板がかかっています。他の店や家にもこのような看板がかかっています。
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下写真は案内版にあった昔の商店街の様子です。
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下写真は現在の商店街です。
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(2)草加宿
下写真は草加宿の「札場河岸」で、綾瀬川舟運の船着場です。所有していた家の屋号が「札場」であったことからこの名がつけられました。
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下は松尾芭蕉像で、「奥の細道旅たち300年」を記念して建立されたものです。南方の千住方向を見返し、友人や門弟たちとの別れを惜しんでいるような姿です。
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綾瀬川沿いに長さ1.5kmに及ぶ松並木(下写真)があり、「千本松原」と呼ばれ街道の名所となっていました。
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下は埼玉県内の日光街道沿いに残る唯一の「一里塚」です。そばに社があり、ケヤキの大木が植えられています。
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(3)越ケ谷宿
越ケ谷宿は江戸にも近く、大きな宿場でした。現在も街道沿いに、下写真のような荒物屋のような古い店や家が残っています。
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(4)粕壁宿
松尾芭蕉に随行した曽良の「随行日記」には、千住を出発した芭蕉は「三月二七日夜カスカへニ泊リ江戸ヨリ九里余」とあり、粕壁の東陽寺にとまったとされています。下は東陽寺とその碑文です(クリックすると大きくなります)。
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春日部市郷土資料館には、江戸末の粕壁宿の模型がありました。下写真(クリックすると大きくなります)はその一部です。
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粕壁宿の中心の仲町には、土蔵造りの田村本店前に「西南いわつき 北日光 東江戸右の方陸羽みち」の石造道標があります。
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(5)杉戸宿
杉戸の地名は日光街道に面したこの地に杉林が多かったためといわれています。街道には古い土蔵の家が残っています。
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宝性院(下写真)には、江戸時代寺子屋があり、明治になって一時杉戸学校も置かれました。
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この後、東北自動車道を走り、横浜に戻って来ました。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
日本橋には何度か行きましたが
高速道路の下になっていて橋がかわいそうとか思うばかりで
空中に「道路元標地点」とは気づきませんでした〜。

綾瀬川とはそんなに重要な川だったのですね。
源流のある桶川に住んでいた事ありますが
綾瀬川にはマイナスのイメージしかありませんでした。
そして、春日部が「粕壁」だったとは!!
まだまだ知らない事はたくさんあるものです〜〜。
ふるやのもり
2012/03/30 09:12
ふるやのもりさん
第一回目の旅行では、ブログに書いたもの以外にもいろいろの史跡を見ました。
新発見の連続です。
知っているようで知らないものの発見が旅行の面白さですね。
日本橋には、第二の職場があって、この橋を9年間毎日通りましたが、空中の道路元標の標識は初めて気が付きました。
それから、今築地市場の移転が問題になっていますがが・・・・
関東大震災までは、魚市場は日本橋にありました。
これが震災後、築地に移転しました。
狭くてまた古くなった築地市場が、新しく豊洲に移転するのは、時代の要請でしょう・・・
歴史には学ばなければ・・・と思います。

それから綾瀬川!水が綺麗なのに驚きました。
M YASUDA
2012/03/30 11:32

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