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zoom RSS (288)薬師寺東京別院にて写経、そして般若心経を聞いてみよう

<<   作成日時 : 2013/10/08 17:26   >>

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2013年9月25日、東京都品川区東五反田にある「薬師寺東京別院」へ、友人を案内して写経に行って来ました。ここには20年前に2〜3回訪れて写経をしたことがあります。当時は木造の建物でしたが、現在は下写真のような鉄筋コンクルート3階建ての近代的な建物に変わっていました。

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写経道場も現代風に椅子式になっていました(下写真)。道場に入ると正面にご本尊がまつられ、机の上には、硯、筆、般若心経の台紙の上に写経用紙、手本など用具一式が置かれていました。

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薬師寺東京別院の公式サイトには、写経のすすめとして「古来より、お経は文字を見るだけででも功徳があり、声を出して読誦するとなお大きな功徳がある。さらに一文字一文字を書写したならば、より大きな功徳があるといわれています。」と書かれています。

写経を済ませて、写経を奉納し「写経勧進納経集印帳」に当日の日付を記入し、印章(下写真クリックすると大きくなります)を貰いました。この写経は奈良の薬師寺本山に送られて奉納されます。

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私の写経とのかかわりは、1970(昭和45)年、結婚した時から始まりました。医者でありながら得度して仏教に深く帰依した義父から「写経」を知りました。

この頃、薬師寺の管長であった高田好胤師が、1968(昭和43)年から薬師寺の金堂復興のため「般若心経の100万巻写経勧進」を発願し進められました。テレビや各地での講演など精力的に活躍しておられました。高田好胤師は管長になる以前、薬師寺を訪れた修学旅行生に「名物僧侶」として、仏教をわかり易く説明しておられた方で、将来の大人にコツコツと種を播いておられました(下写真)。

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私は1970年秋に薬師寺を訪れ、写経セットを買い求めました。下写真はその時のもので脇に抱えているのが購入した写経セットです。これを家に持ち帰り、書道用具を揃え、写経の練習をして薬師寺に奉納しました。
猶、写真の背景の建物は「東塔」で、薬師寺に残る唯一の古い建物で、現在は解体修理が行われています。

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下写真(クリックすると大きくなります)は、その時の写経台紙です。これには「奉為法相宗大本山薬師寺金堂復興」と書かれています。

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これを契機に、般若心経以外の経典の写経も始めました。経典を訳文と対比しながら、一字一字写して行きました。受験時代「書いて覚えよ」と言われましたが、経典の理解も読むだけでなく「書いて覚える」のが近道であることを知りました。

ここで、般若心経を聞いてみましょう。下の図の中央の三角をクリックすると音声が流れます。読誦は真言宗仁和寺教学部監修のポニーキャニオン社版のDVDから収録しています。

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以下に経典の原文(漢文)と、読み下し文(斜文字)と現代語訳を、講談社発行勝俣俊教氏著「お経真言宗」より抜粋し掲載しています。
読誦を聞きながら、これらをご覧いただき、読経の練習や、写経などの参考にして頂ければ幸いです。

仏説摩訶般若波羅蜜多心経

観自在菩薩。行深般若波羅蜜多時。
照見五蘊皆空。度一切苦厄。


仏の説きたまえる摩訶般若波羅蜜多心なるお経

観自在菩薩、深般若波羅蜜多を行ぜし時、
五蘊は皆(みな)空なりと照見して、一切の苦厄を度したまえり。


観自在菩薩は、深遠なる「智慧によるさとりの修行」という行をなされていた時、自我(自己)は色形(いろかたち)ある身体と、心のはたらきとしての感受と、表象と、意志と、意識との合わせて五つから成っているが、その五つの集合(五蘊)は、みな本来実態のないもの(空)と見究められて、それを実体視してとらわれることから起こる人々のすべての苦しみや災厄を救われた。


舎利子。色不異空。空不異色。
色即是空。空即是色。
受想行識亦復如是。
舎利子。是諸法空相。
不生不滅。不垢不浄。
不増不減。


舎利子よ、色は空に異ならず、空は色に異ならず、
色は即ち是れ空、空は即ち是れ色なり。
受・想・行・識も、亦復(またまた)是(か)くの如し。
舎利子よ、この諸法は空相にして、
不生にして不滅、不垢にして不浄、
不増にして不減なり。


シャーリプトラよ、現象としての色形あるもの(色)は、実態のないもの(空)と異ならず、実体のないものは色形あるものと異ならない。およそ色形あるものは現象であるからそのまま実体のないものであり、実体のないものはそのまま現象としては色形あるものである。これと同じことが、感受(受)、表象(想)、意志(行)、意識(識)とについても考えられる。

シャーリプトラよ、この世におけるすべてのものは、現象としてはあるけれども、本来実体のないものである。したがってこの立場から見れば、ものが生じることもなく、滅することもない。垢(けが)されることもなく、浄(きよ)められることもない。また増すこともなく、減ることもない。


是故空中。無色無受想行識。
無眼耳鼻舌身意。無色声香味触法。
無眼界乃至無意識界。
無無明亦無無明尽。
乃至無老死亦無老死尽。
無苦集滅道。無智亦無得。


この故に、空の中には色も無く、受・想・行・識も無く、
眼・耳・鼻・舌・身・意も無く、色・声・香・味・触・法も無く、
眼界も無く、ないし、意識界も無し。
無明も無く、また無明の尽くることも無し。
ないし、老死も無く、また老死の尽くることも無し。
苦・集・滅・道も無く、智も無くまた得も無し。


それゆえに、すべてのものは因と縁とのよって現象的には成立しているが、そこに変わらない実体はない(空)という立場からは、色形あるものも、感受も表象も、意志も意識もそのまま実体としてあるのいではない。(五蘊空)

また眼と、耳と、鼻と、舌と、身と、意との六つの器官(六根)は、そのまま実体としてあるのではなく、六つの器官のはたらきの対象となる色と、声と、香と、味と、触れられるものと、思い考えられるもの(六境)は、そのまま実体としてあるのではなく、六つの器官が六つの対象に向かって起こる視覚と、聴覚と、嗅覚と、味覚と、触覚と、意識との六つの心のはたらき(六識)はそのまま実体としてあるのではない。(以上は六根・六境・六識の十八界の空)

また、十二支縁起で説くところのはじめの無明(根本の迷い)もそのまま実体としてあるのではなく、したがって無明がなくなるということもない。また十二支縁起の終りの老と死もそのままにあるのではなく、したがって老と死がなくなるということもない。(以上は十二支縁起の空)

また四つの真理(四聖諦)としての苦しみも、苦しみの原因も、苦しみの原因も、苦しみを滅した状態も、苦しみを滅する修行の方法もそのままにあるのではない。(以上は苦・集・滅・道の四聖諦の空)

また知るはたらきもそのままにあるのではなく、知ることによって得られる結果もそのままにあるのではない。


以無所得故。
菩提薩埵。依般若波羅蜜多故。
心無罣礙。無罣礙故。無有恐怖。
遠離一切顚倒夢想。究竟涅槃。
三世諸仏。依般若波羅蜜多故。
得阿耨多羅三藐三菩提。


無所得を以っての故に。
菩提薩埵は般若波羅蜜多に依るが故に、
心に罣礙無し。罣礙無きが故に、恐怖有ること無し。
一切の顚倒せる夢想を遠離して、涅槃を究竟す。
三世の諸仏も般若波羅蜜多に依るが故に、
阿耨多羅三藐三菩提を得たまえり。


それは何故であるかと言えば、知られる理法はそのまま体得されることがないからである。
さとりを求める人(菩薩)は、「智慧によるさとりの修行」を依りどころとしているから、心にさわりさまたげがないから、恐れがなく、あらゆる間違ったものの見方をはなれて、ついに身心の絶対の安らぎの境地(涅槃)にいたる。

過去の仏も、現在の仏も、未来の仏もすべて「智慧によるさとりの修行」の完成によって、この上もない正しいさとりを得て覚者となられたのである。


故知般若波羅蜜多。是大神呪。
是大明呪。是無上呪。是無等等呪。
能除一切苦。真実不虚故。
説般若波羅蜜多呪。即説呪曰。

羯諦羯諦。波羅羯諦。波羅僧羯諦。菩提娑婆訶。

般若心経。


故に知るべし、般若波羅蜜多は、是れ大神呪なり、
是れ大明呪なり、是れ無上呪なり、是れ無等等呪なり。
能く一切の苦を除く。真実にして虚ならざるが故に、
般若波羅蜜多の呪を説く。即ち呪を説いて曰く

羯諦羯諦、波羅羯諦、波羅僧羯諦、菩提娑婆訶と。

般若心経(終わる)


それ故に知るべきである、「智慧によるさとりの修行」とは、これは大いなる不思議な真言(呪)である、これは大いなる霊力に満ちた真言である、これは無上の真言であり、比類なき真言であると。すべての苦しみを除く力があり、真実にして虚偽(いつわり)ではないものである。この「智慧によるさとりの修行」の真言を説くと次のようになる。

往ける者よ、往ける者よ、彼岸に往ける者よ。彼岸の完全に往ける者よ。さとりよ。幸あれ。

ここに「智慧によるさとりの修行」の精髄を説く経、終わる。


さて、薬師寺では、1976(昭和51)年に金堂が再建されました。その後も「写経勧進」は広がり、1981(昭和56)年に西塔が再建されました。そして中門、回廊・・・・と再建されて行きました。
下は私が、1995(平成7)年、社内旅行で奈良を訪れ、薬師寺で撮った写真です。まず、最初に再建された金堂です。
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続いて再建なった西塔です。
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この時、希望者は写経道場に入り写経をしました。下写真はその時、写経道場に来られた高田好胤管長です。
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その後も、薬師寺の写経勧進は広がり、今や700万巻を超えているとのことです。同時に薬師寺の伽藍復興も進み、大講堂、玄奘三蔵院など次々と再建されています。玄奘三蔵院には、平山郁夫画伯の「大唐西域壁画」が奉納されています。下写真は平山郁夫画伯と壁画のうちの第4場「西方浄土須弥山」です。
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現在では写経は珍しくはなく、薬師寺以外のあちこちのお寺でやっています。
しかしその始まりは、薬師寺の高田好胤師からだと思います。高田好胤師は1998(平成10)年に亡くなりましたが、師の100万巻写経勧進の発願の遺志が引き継がれ、今や700万巻を超えているとのことです。師の偉大さをますます感じました。

(補遺)
(1)最近の私の写経
昨年親しかった元会社の上司が亡くなりましたので、彼の宗派の経典の「正信偈」を写経し、お骨と一緒にお墓に入れて頂きました。また、2010年7月、我が家の「寿陵」の開眼供養の際には、私の写経した般若心経2巻、妙法蓮華経観世音菩薩普門品偈1巻、般若理趣経(抜粋)1巻を納めました(下写真)。
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(2)薬師寺東京別院へのアクセス
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上の図のように山手線五反田駅下車、東口駅前交番より徒歩7分です。

また、薬師寺東京別院の公式サイトは下記です。ご参照ください。
http://www.yakushiji.or.jp/index2.html

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コメント(5件)

内 容 ニックネーム/日時
薬師寺「東塔」のお写真!お若い!
1つの事に黙々と取り組む事でうまれる深い集中は、脳内が浄化されるような感覚に包まれますよね。
幼少の頃の書道教室の記憶がよみがえります。集中も訓練をしないと衰えるもの、体を動かし集中していくヨガと、静的な写経の集中とでは、集中に入る道はまったく違い、後者のほうがが難しく、集中しやすく簡易化したのがハタヨガ(動的)のはじまりなのかと思うと納得です。今後、自分のヨガを動的か静的かどちらに舵をきっていくかを考えさせられるとても良いテーマだと感じました。
はな
2013/10/11 13:05
はなさん
この薬師寺・東塔前の写真は、私の29歳の時、43年前のものです。
私の写経の原点がここにありますので、大切にしている写真です。

なるほど、写経とヨガ!確かに雰囲気が似ていますね。
写経とヨガとの関連を気付せて頂き、ありがとうございました。
M YASUDA
2013/10/11 19:58
M YASUDA様
お久しぶりです☆
私は時々「駒沢大学」の坐禅堂で行われている「駒沢座禅教室」へ行き、般若心経を写経をさせて頂いています。
お香の優しい香りに包まれながら一心に写経を行うと、とても清々しい気持ちになります。YASUDA様のように本格的ではないですが、今後も続けていきたいです。
こんぺいと
2013/10/24 00:02
こんぺいとさま
お読み頂き、ありがとうございます。
結婚以来、岳父の影響を受け、仏教について勉強し、その一環で写経もやってきました。
妻の兄弟には父親の影響を受けて、仏教関係の道に入った者もいます。
私も退職後、仏教を学び、得度をしようかと思いましたが・・・
それは断念しました。
しかしジムでヨガに出会い、それに集中してすでに10年になります。

ヨガは本来、仏教と密接な関係にあります。
ヨガと仏教を結びつけようとして、私のブログのテーマ一つに「ヨガおよび仏教」としています。

スリランカに行って来られましたね。
スリランカは、敬虔な仏教徒の国と聞いています。
バリと似ていたのではないでしょうか。
M YASUDA
2013/10/24 21:20
M YASUDA様

スリランカのガイドさんが仏教施設の説明の際、
「日本は同じ仏教国だから・・・」と言っていたのですが、そう思われていることが恥ずかしくなる程、敬虔な仏教国でした。

こんぺいと
2013/10/30 14:10

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