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zoom RSS (443)映画「青い山脈」の系譜A 小説「青い山脈」と映画1949年「青い山脈」オリジナル版

<<   作成日時 : 2016/08/13 16:48   >>

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石坂洋二郎の小説「青い山脈」は、終戦からまだ2年しかたっていない1947年(昭和22年)、新聞に発表されるや、戦後の混乱した世相に健康で明朗な新風をもたらしてベスト・セラーの先がけをなしたといわれています。この時、私は6 歳で保育園の年長組に通っていました。
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本稿を書くにあたり、図書館から「青い山脈」の文庫本を借りてきました。当時の世相を想いながら、この小説を読みむと、旧制女学校を舞台に寺沢新子、島崎先生、沼田医師などが繰り広げる明るい青春譜が、暗くじめじめした封建性を打破し、人間的で民主的な社会の建設をめざす姿として、当時の人々の共感をよんだことが理解できます。この小説が最初に映画化されたのは1949年(昭和24)年でした。そのころのポスターと思われるものをネットで得ました(下図)。青い山脈 前編 昭和24年
Kali Christopherさん
2015/08/31 に公開

青い山脈 後編
Saturnina Brantさん
2016/03/10 に公開


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監督:今井 正
配役:島崎雪子(女教師)原 節子   沼田玉雄(校医)  龍崎一郎
   梅太郎(芸者)  木暮実千代    寺沢新子(女学校生)杉 葉子
   金谷六助(高校生) 池部 良    富永安吉(高校生) 伊豆 肇
   松山浅子(女学校生)山本和子  笹井和子(女学校生)若山セツコ
藤本プロと東宝の共同作品
前編1時間31分、後編1時間30分、合わせて3時間の長大作です。しかし1963年リメーク版はこれが吉永小百合の「青い山脈」は、1時間36分にまとめられています。

幸いYouTubeで、ネットで、前編、後編の完全版を見つけましたので、掲載します。時間の許す方は、御覧ください。

小説「青い山脈」とこの映画を比べ、いかにいくつかの場面を紹介します。

まず、小説の冒頭部分はつぎのようになっています。
六月の、ある、晴れた日曜日の午前であった。
駅前通りの丸十商店の店の中では、息子の六助が、往来に背を向け、二つ並べたイスの上にふんぞりかえって、ドイツ語の教科書の音読をしていた。
折から、どの線かの列車が入ったと見えて、日差しの明るい往来を、ひとしきり人の波がゾロゾロと流れていった。
「今日は――――」
店先で、若い女の声がした。
見ると、紺の短いセーラー服を着て、浅ぐろい、よく伸びたすねをむき出し、赤い緒の下駄をつっかけた、農村の者らしい、丈夫そうな女学生が立っていた。
「何をあげますか?」と、六助は丁寧な言葉で尋ねた。
「あのう、おたくでは米を買いませんか・・・・」
農村から通学している中学生や女学生で、駅前通りの家に、米を売るに来る者がある、といううわさは聞いているので、六助はつい顔をほころばせて笑いだした。
「買ってもいいけど、いくらだい・・・・」
「一升(=1.8ℓ)五十円です」
「高い!」
「高くありません!普通は八十円です」
「いや、ぼくがいうのはね、家の小屋からくすねて来た米にしては高いといってるんだ」
「ちがいわ!お母さんがね、いま手もとに現金がないから、これを町に持っていって学用品を買いなさいって・・・・・」

しかし映画の前編部分の最初は、港町の情景で、新子が売ろうとしたのは「米」ではなく「卵」です。当時「米」は配給制で、米を生産者が勝手に売ることは法律違反でした。この点を考慮して、映画は卵にしたとのだと思います。下場面は新子が、六助に卵を売りこんでいるところです。ちなみに1963年リメーク版も卵でした。
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卵を買ってやった六助は、新子にご飯を炊かせて一緒に食べます。新子の身の上話を聞いた六助は、新子は両親が離婚して、生みの母と育ての母がいることを知りました。その後よく当たると評判の易者のところに一緒行きます(下場面)。
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小説では、易者は新子のリュックの名前をみて「貴女は家庭的に恵まれとらんね。両親の一方が欠けとる。そのため苦労しとる」とズバリと言いきった。
「要するにだね。あなたの姓は良いが、名前が良くない。女の名前で「ン」で終わるのはすべて悪い。そういう名前の女は動物的な勢いがつよいから、結婚でもすれば亭主を尻に敷くことになる。早速改めるんじゃナ・・・・・」

この後は、リメーク版とおなじようなストーリーで進んでいきます。下場面は、新子がニセラブレターを島崎先生に見せて相談しているところ
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島崎先生が、クラスでニセラブレターの話をしているところです。
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ニセラブレターを書いた松山浅子
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島崎先生のスパイを自認し、重要な役割を演じる笹井和子。映画では芸者梅太郎の妹になっていますが、小説では二人の関係は何も触れられていません。
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芸者梅太郎と沼田医師。1963年リーメーク版では沼田医師はスクーターに乗っていますが、オリジナル版では自転車です。
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下は理事会の様子です。ここで、岡本先生がラブレターを読み上げますが・・・「恋しい恋しい」と書くべきところを「変しい変しい」と書かれていました。また「悩まし」が「脳ましい」と書かれていました。この年、「ヘンシイ、ヘンシイ、ノウマシイ・・・」が流行しました。いまでいう「流行語大賞」ですね。
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理事会が行われている時、六助と新子は海岸にいました。下は二人の水着姿、当時の観客は度肝を抜かれたようです。
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さらに新子が、眠っているところです。この後、与太者と喧嘩をしますが・・・
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理事会では、島崎先生が正しいか、生徒が正しいか、投票することのなりましたが、島崎先生が勝ちました。下は、その後、新子が浅子に頬を打たせて仲直りする場面です。
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下は、校長先生の前で、ニセラブレーターを焼却する場面です。
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事件が、解決した後、街を歩く島崎先生と、沼田医師
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島崎先生、沼田医師、新子、和子、六助、ガンちゃん(安吉)がサイクリングに行くところ
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最後は、沼田医師が、島崎先生にプロポーズするところです。
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ここで、5人の女優を紹介します。
原 節子(1920年6月17日- 2015年9月5日)「永遠の処女」と呼ばれ、戦前から戦後にかけて活動し、日本映画の黄金時代を体現した女優。
木暮美千代(1918年1月31日-1990年6月13日)妖艶な「ヴァンプ女優」として有名。また、女優としての成功だけでなく、実業家、社会事業家としても活躍した。
杉葉子(1928年10月28日東京生 )アメリカ・ロサンゼルス在住。青い山脈での彼女の水着姿には皆、ビックリした。
若山 セツ子(1929年6月7日-1985年5月9日)明るく庶民的で生活感のある役の多い女優でしたが、入院中に自ら命を断っています
山本和子・・・女優「八代朝子」、元宝塚「毬谷友子」二人のお母さん。

最後に2009年日米文化会館で行われた「活動写真2009」での杉葉子さんの対談を掲載します。この中の後半部分で「青い山脈」での思い出が語られています。
杉葉子インタビュー パート1 活動写真2009
jatvnewsさん
2009/12/21 にアップロード


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