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zoom RSS (454)原節子の魅力と主演映画「新しき土」「青い山脈」「晩春」「麦秋」「東京物語」「白痴」など

<<   作成日時 : 2016/09/22 15:55   >>

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女優「原節子」(本名:会田昌江)さんは、1920(大正9)年6月17日、横浜市保土ヶ谷区の生まれで、1935年4月(15歳)、日活多摩川撮影所に入社しました。

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1936年、第7回出演作品『河内山宗俊』撮影中に見学にきたドイツのアーノルド・ファンク監督の目にとまり、初の日独合作映画『新しき土』のヒロイン役に抜擢されました。
1937年東宝映画移籍し、太平洋戦争中は、戦意高揚映画に数多く出演しています。
終戦後の翌年、1946年9月、資生堂のイメージガールに起用され、戦後初の多色刷りポスターが街中を賑わせました。当時の東宝争議のさなかにあり、そのあおりを受けた原は新東宝映画製作所に移りました。1947年6月フリーの女優として独立し、その後数々の映画に出演し、戦後のトップ女優としての地位を確立しました。
しかし1962年、東宝創立三十周年記念作品『忠臣蔵 花の巻・雪の巻』に大石内蔵助の妻を演じ、これが最後の出演作品となりました。当時42歳!正式な「引退宣言」はなかったようですが、以後、公の場から姿が消えました。
晩年の原さんは鎌倉市で親戚と暮らしているとされていましたが、2015年9月5日、肺炎のため神奈川県内の病院で95歳の生涯を閉じました。


原節子さんのネットで得た主演作を掲載します。

新しき土 Tochter des Samurai 1937(昭和12)年
Broccolisproutさん
2013/11/12 に公開

海外留学から帰国した青年を主人公に、彼と対立する家族や許嫁(原節子)の葛藤、彼らを包む日本の地理や文化を、ドイツ人であるゲルダ・シュトルムの視点から描いた作品です。「新しき土」とは満州のことを指しており、日本の満州進出の喧伝、日本とナチス・ドイツの政治的・軍事的接近の目論見がありました。
ドイツに留学していたエリート青年輝雄は、恋人であり記者でもあるゲルダを引きつれて日本に帰国する。しかし、輝雄には許婚の光子(原節子)がいた。光子や義父である巌は彼を暖かく迎えるが、西洋文明に浸った輝雄は光子に愛情を向けるどころか、許婚を古い慣習として婚約を解消しようとする。そうした輝雄の姿勢を非難するゲルダ。絶望した光子は、花嫁衣装を手に浅間山に身を投げようとします・・・・・

ドイツの巨匠アーノルト・ファンクと日本の伊丹万作の共同監督で制作が計画されますたが、文化的背景の違いから両監督の対立となり、同タイトルでファンク版と伊丹版の2本のフィルムが撮影されました。当ブログの映画はファンク版で、ドイツ語の会話に残念ながら日本語の字幕ありません。また作中においては日本の山々の美しい景色が映されている一方で、東京市街を阪神電車が走っていたり、夜景のシーンに東京と大阪の夜景が混ざっていたり、光子の家の裏が厳島神社であるなど、地理感覚に乏しいシーンが多くあります。しかし当時の日本を知ることが出来る貴重な映画です。




決戦の大空へ【戦時映画】1943(昭和18)年
チャンネル隼人さん
2015/12/26 に公開

原節子23歳の時の作品。予科練(海軍飛行予科練習生)の生活と倶楽部の民間人との交流の物語です。




誘惑 Temptation 1948(昭和23)年
鷹野 美月さん
2015/07/14 に公開

監督:吉村公三郎 / 脚本:新藤兼人
恩師の墓標に詣でた代議士の矢島隆吉は、そこで恩師の遺児の孝子に出会い彼女の生活の援助を申し出る。家庭教師の名目で矢島の家の人となった孝子は子供たちに慕われるが、療養所にいる妻・時枝は彼女に嫉妬の念を抱いていたしかし、時枝は死に際し消えてゆく息の下から「隆吉と子供を幸福にして下さい」と頼む・・・




青い山脈 前編 1949(昭和24)年
Kali Christopherさん
2015/08/31 に公開



青い山脈 後編
Saturnina Brantさん
2016/03/10 に公開

石坂洋二郎の小説「青い山脈」を映画化した今井正監督の代表作です。旧制女学校を舞台に寺沢新子、島崎先生(原節子)、沼田医師などが繰り広げる明るい青春譜が、暗くじめじめした封建性を打破し、人間的で民主的な社会の建設をめざす姿として、当時の人々の共感を呼びました。




晩春 1949(昭和24)年
Tadashi Yoshimura
2013/07/25 に公開

初めて小津作品に出演した「紀子3部作」の第1作。原節子の演技が絶賛されるとともに、作品も高く評価されました。男やもめの父を気遣って結婚をためらう娘と父の物語は、その後の小津の作風を決定づけました。




麦秋 1951(昭和26)年
Jujujujujudyさん
2014/03/15 に公開

紀子三部作の二作目。28歳になった紀子の勤務先の上司から、縁談を持ち込まれ、乗り気になったが、相手が42歳とわかって立ち消えました。兄の同僚で妻を亡くしていた医師が秋田に赴任する際、紀子があいさつに行くと、母親から「あなたのような人を息子の嫁に欲しかった」と言われ、それを聞いた紀子は「あたしでよかったら…」と、その医師の妻になることを承諾しました。間宮家では皆が驚きやめさせようとしましたが、紀子は譲らず、皆も最後には了解します。



めし(Repast) part1 1951(昭和26)年
ムービーコン(MovieCon)さん
2016/10/28 に公開



めし(Repast) part2
ムービーコン(MovieCon)さん
2016/10/28 に公開
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林芙美子の未完の絶筆となった同名小説の映画化。昭和26年度芸術祭参加作品。
大恋愛の末に結ばれた岡本初之輔、三千代の大阪在住の夫婦は結婚から5年を経て、倦怠期に突入していた。世間からは美男美女の幸福な家庭と見られているが、些細なことで衝突が続くようになっている。そんな中、初之輔の姪である里子が家出をして大阪へやってきた・・・・




東京物語 1953年(昭和28)年
Boming Jiangさん
2015/06/01 に公開

「紀子3部作」の末尾を飾るとともに、世界映画史上ベストワンにも選ばれた小津・原コンビの最高傑作。尾道に住む老夫婦が子どもたちに会いに20年ぶりに上京するが、親身になって世話をしてくれたのは戦死した次男の未亡人・紀子だけだった…。人生の悲哀と深淵が見事に描かれ、世界の映画人に大きな影響を与えた名作です。



白痴(第一部)愛と苦悩 1951(昭和26)年
Livraria Roveranさん
2015/04/27 に公開



白痴(第二部)恋と憎悪 1951(昭和26)年
Livraria Roveranさん
2015/04/28 に公開

黒澤明監督のドストエフスキーの小説 『白痴』を原作とした日本映画。
亀田は沖縄で戦犯として処刑される直前に人違いと判明して釈放されたが、そのときの後遺症でてんかん性の白痴かかってしまった。札幌へ帰ってきた亀田は狸小路の写真館のショーウィンドーに飾られていた那須妙子(原節子)の写真に心奪われる。しかし彼女は愛人として政治家に囲われていた。
裕福な大野の娘の綾子と知り合いになった亀田は白痴の症状はあるものの性格の純真さ善人さから、二人に愛され綾子と妙子の間で激しく揺れ動く。3人の異質な恋愛は周りの人物たちを次々と巻き込んでゆくこととなる。

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(443)映画「青い山脈」の系譜A 小説「青い山脈」と映画1949年「青い山脈」オリジナル版
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(446)映画「青い山脈」の系譜D 1949年 映画「青い山脈」オリジナル版に出演した俳優たち
木暮美千代(1918年1月31日-1990年6月13日) 校医の沼田医師に好意を寄せる年増の芸者・梅太郎役。下写真は理事会に出席した時。 ...続きを見る
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2016/09/22 18:07

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