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zoom RSS (492)中山道をホントに歩く(7) 浦和宿〜大宮宿(埼玉県さいたま市)

<<   作成日時 : 2017/07/13 14:55   >>

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2017年6月23日、前回の終点だったJR京浜東北線「北浦和駅」で下車し、中山道を北上して、さいたま副都心を経由して、大宮宿まで歩きました。下図は、浮世絵に描かれた「大宮宿富士遠景」の図です。

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大宮宿の名前は、氷川神社が「武蔵国の一の宮」と呼ばれていたことから「大宮」と呼ばれるようになったといわれ、古くは「門前町」でした。天保14年の記録によると、宿場の規模は本陣1、脇本陣9、旅籠屋25軒で、それほど大きくはありませんが、脇本陣が9軒もあったのは特異だったといえます。下はこの日のルートマップです。

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@JR京浜東北線「北浦和駅」で下車して、中山道を歩きました。
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すぐに「A郭信寺」がありました。代官中村吉照が慶長14年の主君高力清長追福のために建立したお寺です。
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寺の前に「サツマイモの女王 紅赤の発祥地」の説明板がありました。郭信寺参道の農家が植えた薄紅色の「八ツ房」が突然変異して「紅赤」が生まれたようです。
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やがて、「B大原陸橋交差点」に見事な庚申塔が保存されていました・
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交差点を越えると「B一本杉碑」がありました。ここで江戸時代に「仇討ち」が行われました。
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「C与野駅」前の交差点を過ぎると「D六国見」の説明板に下の図が掲げられ、ここから六ケ国が見えたようです。
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やがて、「Eさいたま新都心」地区に入ると、ケヤキ並木の旧道に沿って、広い土地が開発中でした。
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旧道沿いに、小さな祠があり中に「Fお女郎地蔵と火の玉不動尊」が祀られていました。
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祠の裏には、八代将軍吉宗の時代に開削され「鴻池(高沼)用水」の説明が書かれていました。
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下写真は「さいたま新都心駅」です。
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さいたま新都心の高層ビル群です。
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すぐに中山道に「G氷川神社一の鳥居」があり、参道に入っていきました。
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「H氷川参道」は見事なケヤキ並木で、中山道が出来た当初はこちらが街道でしたが、交通量が増えると、街道が神域を通るのは不謹慎とされ、外を通るように改められました。
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今回は、参道を歩くことにし「I氷川神社二の鳥居」をくぐって進みました。
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やがて「J氷川神社」に近づきました。写真は「三の鳥居」です。
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その先には「楼門」がありました。
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楼門から入りました。中央に真の右の「舞殿」、奥には写真左の「拝殿」がありました。
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神域から出て、背後に進むと広い「K大宮公園」が広がっていました。
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その奥に「Lボート池」がありました。
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「ボート池」から引き返し「I二の鳥居」から、下写真の「M一の宮通り」を進み、NJR京浜東北線「大宮駅」に向かい本日のウオーキングを終えました。
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