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(466)大学同期会B 若き徳川家康が築城し、出世城といわれた「浜松城」
(466)大学同期会B 若き徳川家康が築城し、出世城といわれた「浜松城」 2016年11月25日、龍潭寺、竜ケ岩洞、方広寺を観光し、浜松駅にて解散した後、私は友人と「浜松城」に向かいました。 浜松城の前身は15世紀頃に築城された曳馬城で、徳川家康は元亀元年(1570年)に岡崎城を嫡男・信康に譲り、武田信玄の侵攻に備えるため三河国岡崎から遠江国曳馬(後に引間に改名)へ移りました。その後、城を拡張・改修し天正14年(1586年)、家康は浜松から駿府に移りました。家康は浜松城に、29歳から45歳までの17年いたことになります。家康が天下を統一し駿府に移った後、浜松城は家康... ...続きを見る

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2016/12/03 23:01
(465)大学同期会A 地主と2名の協力者によって発掘された黄金の「竜ケ岩洞」
(465)大学同期会A 地主と2名の協力者によって発掘された黄金の「竜ケ岩洞」 竜ケ岩洞(りゅうがしどう)は、龍潭寺と方広寺の丁度中間にあります。東海地方最大規模の鍾乳洞ですが、ほとんど知られていません。というのもこの洞窟が発見されたのはごく最近で、一般に公開されたのは1983年10月です。 下はその洞内地図です。 ...続きを見る

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2016/12/03 12:36
(464)大学同期会@ 大河ドラマ「おんな城主 直虎」の舞台 井伊谷の龍潭寺と奥山の方広寺を観光
(464)大学同期会@ 大河ドラマ「おんな城主 直虎」の舞台 井伊谷の龍潭寺と奥山の方広寺を観光 1960年入学の京大農学部農林経済学科の同期会を2016年11月24・25日、浜名湖の「ホテルウエルシーズン浜名湖」で行いました。同期入学31名、存命27名のうち22名が参加しました(下写真)。 ...続きを見る

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2016/12/01 23:04
(463)横浜市・道志水源林100年記念事業「記念植樹ツアー」に参加して
(463)横浜市・道志水源林100年記念事業「記念植樹ツアー」に参加して 横浜市が1916(大正5)年に、道志村内の山林を山梨県から購入し「道志水源林」として管理・保全してから今年で100年を迎えました。その記念事業の一環として2016年10月28日に行われた「記念植樹ツアー」に参加してきました。 ...続きを見る

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2016/11/03 23:16
(461)濃溝の滝・仁右衛門島・小湊鉄道・鋸山・江川海岸など南房総5絶景めぐり
(461)濃溝の滝・仁右衛門島・小湊鉄道・鋸山・江川海岸など南房総5絶景めぐり 2016年10月20日、トラピックスの「横浜発<早発>濃溝の滝と仁右衛門島・小湊鉄道  空・海・列車一生に一度は目にしたい絶景5景めぐり日帰り」に友人と行ってきました。公共交通機関ではとうてい一日では周れないコースを、能率よく一日で周れるため、平日にもかかわらず横浜から3台のバスが出る盛況でした。コースは下の地図の通りです。 ...続きを見る

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2016/10/23 15:02
(442)映画「青い山脈」の系譜@ 1963年 吉永小百合の「青い山脈」と彦根ロケ
(442)映画「青い山脈」の系譜@ 1963年 吉永小百合の「青い山脈」と彦根ロケ 映画「青い山脈」は、石坂洋次郎の長編小説「青い山脈」を映画化したものです。この小説は1947年(昭和22年)6月から12月まで朝日新聞に連載されました。作者は、この小説で戦後間もなく、地方の旧制高等女学校に起こった新旧思想の対立を主題にして、これから日本国民が築きあげていかねばならない民主的な生活の在り方を描こうとしました。 ...続きを見る

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2016/08/10 23:13
(385)彦根城物語E 城郭のなかにある彦根東高等学校
(385)彦根城物語E 城郭のなかにある彦根東高等学校 下写真は私の母校・滋賀県立彦根東高等学校の正門から見た第一本館です。 ...続きを見る

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2015/01/27 12:33
(384)彦根城物語D 彦根城を取り巻く江戸時代の街道
(384)彦根城物語D 彦根城を取り巻く江戸時代の街道 徳川家康が、関ヶ原の合戦の後、井伊直政を彦根に移封したのは、ここに城を築いて豊臣家や西国大名を抑え込む拠点とするためでした。近江は、湖国といわれるとともに、古来、道の国でもありました。京の都へ続く天下の要所であり、「近江を制する者は天下を制す」とまで言われました。織田信長が安土に城を築いたのもこのためです。 ...続きを見る

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2015/01/25 15:34
(383)彦根城物語C 彦根藩・藩祖 井伊直政の生涯
(383)彦根城物語C 彦根藩・藩祖 井伊直政の生涯 下写真は彦根駅前のロータリーにある井伊直政の銅像です。井伊直政は断絶寸前となっていた井伊家を再興し、彦根藩の藩祖となり、江戸幕府の譜代筆頭として欠かせない井伊家の礎を一代で築き上げた人物です。今回は彦根市の「国宝・彦根城築城400年祭」のHPの「列伝 井伊家14代」から井伊直政の生涯に追ります。 ...続きを見る

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2015/01/23 20:26
(382)彦根城物語B 井伊家の源流 井伊谷(いいのや)、龍潭寺、井伊家初代当主共容の出生
(382)彦根城物語B 井伊家の源流 井伊谷(いいのや)、龍潭寺、井伊家初代当主共容の出生 1998年9月、私は家族旅行で浜名湖に行った時、道路マップで「井伊谷(いいのや)」の地名を見つけました。その名前に興味を惹かれ、行ってみることにしました。現地に着くと古い由緒ありそうなお寺があったので入りました。 ...続きを見る

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2015/01/22 16:48
(381)彦根城物語A 明治天皇により取り壊しを免れた彦根城
(381)彦根城物語A 明治天皇により取り壊しを免れた彦根城 幕末の日本には幕府直轄の江戸、大阪、駿府、二条、甲府の5城と、161の大名の居城、藩の属城などを合わせて約180の城がありました。江戸城は1869(明治2)年3月に皇居として使用されることになり、大阪城は同年11月、兵部省管轄となり、場内に陸軍省、士官学校、砲兵工廠などが置かれ軍事拠点となりました。 ...続きを見る

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2015/01/21 19:58
(380)彦根城物語@ 築城の経緯と現存する建物
(380)彦根城物語@ 築城の経緯と現存する建物 私の生まれ故郷の滋賀県彦根市には井伊家の居城だった「彦根城」があります。彦根城の天守閣は、現在日本にある4つの国宝の天守閣の一つ(残る3つは姫路城、松本城、犬山城)です。社会人となって彦根を離れましたが、子供の頃の記憶と、現代のネットの情報を織り交ぜ「彦根城」を紹介します。下図(クリックすると大きくなります)は現在の彦根城の案内図です。 ...続きを見る

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2015/01/20 20:29
(372)京都大学農学部農林経済学科同期会E (回顧録)35周年は大先輩李登輝総統を訪ねて台湾へ
(372)京都大学農学部農林経済学科同期会E (回顧録)35周年は大先輩李登輝総統を訪ねて台湾へ 1999年2月12〜14日、京都大学農学部農林経済学科1960(昭和35)年入学の同期生は、卒業35周年を記念し、夫人を同伴して台湾旅行を行いました。旅行の最大の目的は農林経済学科の大先輩で、当時の台湾の総統であった李登輝氏に会うことでした。下写真はその時の記念撮影です。 ...続きを見る

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2014/11/17 23:50
(371)京都大学農学部農林経済学科同期会D 三高寮歌「逍遥の歌」と吉田山
(371)京都大学農学部農林経済学科同期会D 三高寮歌「逍遥の歌」と吉田山 三高寮歌「逍遥の歌」の一番は次のようになっています。(この歌は十一番までありますので、全歌詞を巻末に記載します) ...続きを見る

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2014/11/13 23:45
(370)京都大学農学部農林経済学科同期会C 南禅寺、琵琶湖疏水、碧雲荘
(370)京都大学農学部農林経済学科同期会C 南禅寺、琵琶湖疏水、碧雲荘 今回の同期会を機に、私的に訪れたいところが2カ所ありました。それは三高寮歌に歌われている「吉田山」と、大学の2・3年生の2年間下宿した「南禅寺」でした。 「吉田山」の訪問記は次回とし、今回は「南禅寺」訪問を紹介します。南禅寺訪問は、同期会の宇治観光が予定より早く終了したので、同期生の杉江君と、宇治に近い「六地蔵」から、京都市営地下鉄で南禅寺に近い「蹴上(けあげ)」まで行くことで実現しました。 ...続きを見る

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2014/11/12 20:29
(369)京都大学農学部農林経済学科同期会B 2日目 黄檗・宇治観光
(369)京都大学農学部農林経済学科同期会B 2日目 黄檗・宇治観光 2014年10月30日、京都大学農学部農林経済学科卒業50周年記念同期会の二日目は、教養課程の1年生を過ごした宇治分校跡の視察と、付近の黄檗と宇治の観光です。下は現在のこの地域の地図(クリックすると大きくなります)でした。黄檗にはJR奈良線「黄檗駅」と京阪電車奈良線「黄檗駅」があり、両駅の西に「京都大学宇治分校跡」、東に「黄檗山萬福寺」があります。またその南に、宇治川を挟んで宇治市の中心部があります。この日、おごと温泉から、京都経由JR奈良線で「黄檗」に向かい、まず「黄檗山萬福寺」を訪れました。... ...続きを見る

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2014/11/09 23:07
(368)京都大学農学部農林経済学科同期会A 2日目 宇治分校跡を視察
(368)京都大学農学部農林経済学科同期会A 2日目 宇治分校跡を視察 当時、京都大学入学生は、教養課程の最初の1年間を京都府宇治市黄檗の「宇治分校」で学び、2年生から京都の吉田分校に移ることになっていました。しかし私たちが入学した翌年から教養課程の2年間を最初から吉田分校で学べることになり、私たちが最後の宇治分校生となりました。宇治分校は日本帝国陸軍の火薬庫跡の敷地の半分を大学にしたもので、あちこちに火薬庫の廃墟が残り、兵舎がそのまま校舎になっていました。残りの半分は陸上自衛隊の「宇治駐屯地」になっていました。 しかし、同期会の二日目、宇治分校跡で見たのは、研究... ...続きを見る

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2014/11/08 14:01
(367)京都大学農学部農林経済学科同期会@ 1日目 母校農学部を訪問
(367)京都大学農学部農林経済学科同期会@ 1日目 母校農学部を訪問 私は1960年、京都大学農学部農林経済学科に入学しました。「60年安保闘争」の年で、安保闘争の後、7月には岸内閣に代わって池田内閣が発足し「所得倍増計画」が打ち出しました。そして卒業したのは1964年、新幹線が開通し、東京オリンピックが開催され、まさに高度経済成長が始まる年でした。 今年2014年は、大学を卒業して50周年になります。農林経済学科の同期生(入学31名、内4名他界)は2年ごとに同期会を行っていますが、今回は卒業50周年を記念した同期会で、私と山本君が幹事に指名されていました。 ... ...続きを見る

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2014/11/07 11:46
(366)卒団50周年、古巣「京都大学応援団」を想う
(366)卒団50周年、古巣「京都大学応援団」を想う 私が京都大学に入学したのは1960年、「60年安保闘争」の年でした。卒業は1964年、新幹線が開通し、東京オリンピックが開催された年でした。今年で卒業50周年です。 ...続きを見る

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2014/10/25 11:02
(343)たまプラーザから直通バスで富士山五合目へ
(343)たまプラーザから直通バスで富士山五合目へ 今夏、東急バス・富士急バス共同で、たまプラーザから富士スバルラインの富士山五合目までの直通バスの運行が始まりました。富士スバルラインは、1964年に開通した山梨県南都留郡富士河口湖町から富士山五合目に至る有料道路です。猶、登山シーズンの7月10日から、8月31日まではマイカーの走行は規制されています。 ...続きを見る

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2014/08/21 20:47
(308)八丈島ウオークC (付録) 八丈八景
(308)八丈島ウオークC (付録) 八丈八景 八景のおこり 「八景」のおこりについては私の下記ブログをご参照ください。 http://21432839.at.webry.info/201009/article_9.html 中国湖南省の瀟江(しょうこう)と湘江(しょうこう)と呼ばれる川が合流して洞庭湖に注ぐあたりを「瀟湘(しょうしょう)」といいます。その景勝八カ所を北宋の文人画家宋迪(そうてき)が画題として選んだことから「八景」が始まりました。日本ではこの八景をならって、足利の末期に近江(現在の滋賀県)の琵琶湖の西南岸に「近江八景」が... ...続きを見る

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2014/02/25 17:38
(307)八丈島ウオークB 三日目 八丈島歴史民俗資料館、八丈植物公園などの見学
(307)八丈島ウオークB 三日目 八丈島歴史民俗資料館、八丈植物公園などの見学 第三日目(2014年1月26日)は、朝から雨が降り、強風が吹く悪天候でした。しかし午後の飛行機で帰らなければなりませんから、午前中いとう代表の父上の案内で、八丈島歴史民俗資料館、八丈植物公園などを見学しました。 ...続きを見る

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2014/02/25 15:50
(306)八丈島ウオークA 二日目 伊豆諸島ウオークin八丈島に参加、ふれあい牧場観光
(306)八丈島ウオークA 二日目 伊豆諸島ウオークin八丈島に参加、ふれあい牧場観光 2014年1月25日(土)は、一日遅れて八丈島の実家に帰って来たいとう代表と一緒に「伊豆諸島ウオークin八丈島」に参加しました。このウオーキングは東京都、日本ウオーキング協会、伊豆諸島ウオークin八丈島実行委員が主催し、八丈町、八丈島観光協会などが共催です。コースは、Aコース 22km、Bコース10kmがありましたが、花MInはBコース10kmに参加しました。下図はそのコースマップです。 ...続きを見る

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2014/02/24 23:22
(305)八丈島ウオーク@ 一日目 八丈島南部の観光
(305)八丈島ウオーク@ 一日目 八丈島南部の観光 ウオーキング花Minが、今年結成10周年を迎えます。これを記念して、いとう代表の出身地である八丈島で行われる「伊豆諸島ウオークin八丈島」に参加することになりました。ウオーキングは2014年1月25日(土)に行われますので、前日の1月24日(金)羽田発12:15のANA823便で八丈島に向かいました。八丈島は伊豆七島の一つで、東京の南約300kmの太平洋上にあります。その大きさは下のように東京の山手線の内側と大体同じで、思ったより大きな島です。 八丈島空港に着くと、いとう代表の父上の出迎えを受... ...続きを見る

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2014/02/24 16:57
(251)金沢 「兼六園」と「石川門」
(251)金沢 「兼六園」と「石川門」 2012年11月9日、和倉温泉から小松に向かう途中、金沢で途中下車をして、兼六園を見に行ってきました。兼六園は日本三名園の一つで、江戸時代の代表的な回遊林泉式庭園です。兼六園の名の由来は「広大・幽邃・人力・蒼古・水泉・眺望」の六勝を兼備しているという意味だそうです。 訪れた時間は閉門の30分前で、すでにあたりは暗くなっていました。しかし名物の「雪つり」の作業が始まっていましたので、これを見ることが出来ました。「秋のライトアップ」は17日から始まるとのことで、これには少し早かったです。 また、... ...続きを見る

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2012/11/13 15:30
(250)コマツ超大型ダンプトラックと那谷寺(なたでら)
(250)コマツ超大型ダンプトラックと那谷寺(なたでら) 2012年11月10日、能登和倉温泉での大学の同窓会の後、長男の住む小松市を訪れました。下写真は小松駅西口です。 ...続きを見る

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2012/11/13 12:18
(213)日光・奥州街道、奥の細道B 小山(おやま)から宇都宮
(213)日光・奥州街道、奥の細道B 小山(おやま)から宇都宮 2012年5月16日、「日光・奥州街道、奥の細道バス旅行」の第三回は小山から宇都宮までです。 ...続きを見る

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2012/05/22 20:36
(207)日光・奥州街道、奥の細道A 幸手宿から間々田宿
(207)日光・奥州街道、奥の細道A 幸手宿から間々田宿 2012年4月18日、「日光・奥州街道と奥の細道バス旅行」の第二回は東京丸の内から参加しました。東京駅の改修工事は最終段階に入り、すでに工事のカバーが取り外されていて、その全容を見ることが出来ました(下写真)。建設当初のドーム屋根が復元されています。 ...続きを見る

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2012/04/20 11:29
(195)日光・奥州街道、奥の細道@ 日本橋から杉戸宿
(195)日光・奥州街道、奥の細道@ 日本橋から杉戸宿 2012年3月21日、「日光・奥州街道と奥の細道バス旅行」の第1回(日本橋から杉戸宿まで)に参加ました。 (0)日本橋 日本橋は東京都中央区の日本橋川にかかる橋で、1603年に五街道の基点として架けられました。現在の石造りの橋は1911年に造られました。橋の中心に「日本国道路元標」があり、日本の道路網の始点となっています。また元標の真上には首都高速道路が走っていますが、その間の橋桁を挟んで、空中に「道路元標地点」の柱が立っています(下写真 クリックすると大きくなります)。 また、近くに「東... ...続きを見る

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2012/03/26 23:23
(194)日光・奥州街道と奥の細道バスの旅〜みちのくの史跡と、芭蕉の足跡を訪ねて〜
(194)日光・奥州街道と奥の細道バスの旅〜みちのくの史跡と、芭蕉の足跡を訪ねて〜 このたび、表題の「日光・奥州街道と奥の細道バスの旅〜みちのくの史跡と、芭蕉の足跡を訪ねて〜」(日本ファミリー旅行催行)を見つけました。このバスの旅行は、2年をかけて、日光街道と奥州街道の史跡をめぐりながら、芭蕉がたどった道も辿ろうとする企画です。 その初年度分の行程は次の図(以下の図表はすべてクリックすると大きくなります)のようになっています。 ...続きを見る

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2012/03/25 10:24
(78)沖縄紀行E 首里城 ( 2011年1月20日)
(78)沖縄紀行E 首里城 ( 2011年1月20日) ツアーの最後は首里城の見学で、首里城の案内図は次の通りです。(図をクリックすると大きくなります) 首里城を理解するためには、やはり琉球王国と首里城の歴史を知る必要があります。以下に首里城のオフィシャルサイトから要約します。 ...続きを見る

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2011/01/31 21:31
(77)沖縄紀行D 辺戸(へど)岬−名護市 ( 2011年1月19日)
(77)沖縄紀行D 辺戸(へど)岬−名護市 ( 2011年1月19日) 自由行動だった旅行の三日目。タクシーをチャーターして、まず向かった沖縄本島の最北端の辺戸岬と途中の景色を紹介します。 辺戸岬 この日は天気が良く、22km離れた奄美群島の与論島を望むことができました。 辺戸岬はサンゴ質の絶壁から成り、岬の上は広い台地となっています。 ...続きを見る

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2011/01/30 16:06
(76)沖縄紀行C 沖縄のお墓 (2011年1月19日)
(76)沖縄紀行C 沖縄のお墓 (2011年1月19日) 沖縄ではバスの窓から、あちこちで住宅地のすぐ近にお墓がたくさん見みられました(下の写真はその一つです)。かつては集団墓地が無く、個人の敷地の中にお墓が造られていたためとのことです。現在ではお墓の集中化(墓園化)が進められていますが、なかなか進まないようです。 沖縄のお墓について、現地での見聞などをまとめて紹介します。 沖縄のお墓の習慣 沖縄で多いお墓は、亀甲墓(きっこうぼ。沖縄方言ではカミヌクー)というタイプです(下資料写真)。これは亀の甲羅のような石の屋根を持つ墓で、斜面を彫り込んで造っ... ...続きを見る

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2011/01/30 11:33
(75)沖縄紀行B 今帰仁(なきじん)城跡 (2011年1月19日)
(75)沖縄紀行B 今帰仁(なきじん)城跡 (2011年1月19日) この日は自由行動の日です。そこでタクシーを一日チャーターして、沖縄本島の最北端の辺戸岬と世界遺産の今帰仁城跡を見に行くことにしました。これらについて2回に分けて紹介します。最初は世界遺産の今帰仁城跡について入場した時の資料をもとに説明します。 今帰仁城跡(別名北山城) この城はいつだれによって築かれたかは不明なところが多く定かではありませんが、発掘調査の成果から13世紀頃に城造りを始めたことが分かっています。 三山時代 14世紀頃の沖縄本島は北部地域を北山、中部地域を中山、南部地域を南山... ...続きを見る

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2011/01/28 10:17
(74)沖縄紀行A 万座毛―パイナップルパーク―備瀬フクギ並木―美ら海水族館(2011年1月18日)
(74)沖縄紀行A 万座毛―パイナップルパーク―備瀬フクギ並木―美ら海水族館(2011年1月18日) 万座ビーチリゾート 今回の旅行の宿泊は、沖縄本島のほぼ中央の西海岸にある恩納村の「ANAインターコンチネンタル万座ビーチリゾート」に三連泊しました。 このホテルをこの日観光した万座毛から撮ったのが次の写真です。 このホテルの我われの部屋は北に面しており、名護湾を望み対岸の本部(もとぶ)半島を遠望してました。下の写真はホテルの窓から撮ったパノラマ写真です。目の前には結婚式用のチャペルがありました。 ...続きを見る

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2011/01/27 13:53
(73)沖縄紀行@ 羽田―那覇―琉球村―恩納村 (2011年1月17日)
(73)沖縄紀行@ 羽田―那覇―琉球村―恩納村 (2011年1月17日) 1月17日から20日まで、阪急交通社のクリスタルハート「プレミアムな沖縄  楽園3連泊の旅4日間」に参加して妻と沖縄旅行に行ってきました。1月17日(月)羽田空港09:00発のJAL905便に搭乗し那覇に向かいました。天気が良く那覇に着くまでの空の旅を楽しめましたので紹介します。 まず飛行機が離陸すると、拡張して国際空港となった羽田空港の全貌を見下ろす事が出来ました。新しい滑走路が海上にはっきりと見えました。 間もなく、横浜港が望めました。ベイブリッジが良く見えます。 そして金沢八景の上空... ...続きを見る

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2011/01/26 09:58

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