(94)東日本大震災に思う④ 土葬のひろまり

TVや新聞ではあまり報道されませんが、被災地では犠牲者の埋葬が大きな問題となっています。数多い身元不明の遺体の長期間の安置の問題、身元が判明しても火葬施設の損傷や燃料不足による火葬能力の限界などで、自治体はその対応に苦慮し、その解決策として土葬を開始しています。

3月22日宮城県東松島市では、1,000人まで埋葬可能な土地を確保して整備し、身元確認が終わって遺族の同意が得られた遺体の土葬を開始しました。下の写真は最初の20人の埋葬の様子です
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また同市では、4月3日からは、身元不明の犠牲者の埋葬も開始しました。震災後の早い段階で収容された31遺体が見送る遺族みなく僧侶の読経だけが響く中、約30人の自衛隊員が6人1組で棺を運び花束を添えて横一列の穴の中に置きました。ここでも自衛隊の助けを借りています(下写真)。市では遺族が名乗り出た場合に身元の確認が出来るよう、毛髪などのほか衣服や所持品などの遺品を保存しています。
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宮城県石巻市では、4月5日遺体安置所が衛生状態の悪化を理由に閉鎖され、遺体の身元が判明しないまま仮埋葬(土葬)が行われました。下の写真はその時の棺と僧侶の読経の様子です。
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次の写真は宮城県気仙沼市で、一時的に身元不明の遺体を土葬した場所です。墓標には名前ではなく番号だけが表記されています。
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仙台市など他の市町村でも火葬の能力に限界があるために身元不明の遺体の土葬が始まっています。

画像一方、他府県に火葬の協力を求める動きもあります。宮城県名取市では身元不明の29遺体と身元は確認されたが、火葬場の限界で火葬出来ない10遺体を4月1日東京都江戸川区の葬儀所に運び火葬されました。右の写真は39遺体を乗せた車両を出迎える僧侶らです。

東京都の石原慎太郎知事は5日午後、宮城県庁を訪れ、東日本大震災の被災地支援について村井嘉浩知事と意見交換し、埋火葬への協力を継続する考えを表明しまた。
村井知事が、「県内は火葬場が限られている上、土葬もスムーズにいかない」と遺体の埋火葬が進まない状況を説明し、火葬場の手配や運搬手段の確保を要請すると、石原知事は「神奈川や埼玉とも連携し、できることは全てやる。徹夜してでもやるべきだ」と述べ、全面的な協力を約束しました。

さて、ここで「火葬」と「土葬」について考えてみます。
江戸時代は土葬が圧倒的に多く、火葬は約2割程度と推測されています。最も古い明治29(1896)年の統計では全国平均で火葬率は29.6%です。
火葬が推進されたのは明治30(1897)年の伝染病予防法以降のことで、火葬が全国平均で6割を超えたのは戦後の1960年のことです。
戦後復興がなると、全国各地の地方自治体が火葬場を建設し、その後火葬率が年々上昇し1980年には91.1%を記録するまでになりました。

土葬を禁止する法律はありません。憲法の「信教の自由」の観点から土葬は保障されています。「墓地埋葬法」では火葬だけでなく土葬も認められています。ただし地方自治体によっては土葬を禁止しているところがあります。この自治体の規制により土葬が禁止されているように思われていますが、現在の日本では99.9%の遺体が火葬され、0.1%が土葬を含め火葬されていません。

世界的には、キリスト教のカソリック系では、火葬を公認していませんでしたが、60年代に火葬が公認され、火葬率が上昇しています。
米国は土葬の国というイメージが定着していますが、現在では火葬が流行しています。
中国、韓国でも政府が積極的に火葬を推進しています。
イスラム教は現在も火葬を認めていません。したがって日本のイスラム教徒も火葬をせずに土葬をしています。

このように見てみますと、今回の被災地の土葬のひろがりは、やむを得ない措置ではありますが、決して奇異なことではなく、時代が少し戻ったと思えば、理解出来ます。
しかし、見守る身寄りもなく、さびしく埋葬されて行く方々に対しては、ただただ哀悼の意を表し、ご冥福をお祈りします。

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この記事へのコメント

  • はな

    山梨でもいまだ土葬が行われている町にお嫁にいった親友がおります。結婚当時「彼の家、土葬みたいなんだよなね~」と嘆いていたのを覚えています。私も土葬と聞いて良いイメージはなく、自分の死後、残された肉体を思うと虫や生き物、バクテリアに食されながら朽ちていく様はホラーの何者でもありません。
    最後に残された体には綺麗に無くなって欲しいと考えるのです。
    そう、いっそ燃えて灰になるほうがと考えますが…自然界からすると多くの恩恵うけながら、最後に返さないのは…身勝手で、自己中心的な考えですかね。
    2011年04月08日 15:22
  • M YASUDA

    はなさんへ
    難しいご質問ですが、私がこのブログの「(36)寿陵完成・開眼供養」で次のように書きました。「故人の亡骸を荼毘に付し、遺骨をお墓に納めることは、故人を俗世界から離し、土に帰し、仏とするための浄化手段に他なりません。肉体が浄化されて成仏するためには、母なる大地に帰すことが必要なのです。」すなわち火葬しても、全部は灰にせず、一部は遺骨として残し、お墓に入れて土に帰します。
    土に帰すためには土葬が基本と思いますが、ご指摘の衛生面や土葬する墓地の面積の不足などで、火葬が普及したのだと思います。
    最後はやはり土に帰らなければなりません。
    2011年04月08日 23:29

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