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zoom RSS (112)東日本大震災に思うP 原子爆弾から原子力発電へ.

<<   作成日時 : 2011/06/19 22:43   >>

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(1)原子爆弾
下の写真は私がアメリカ大陸横断旅行をした時に、テネシー州の州都ナッシュビルの戦争記念館で撮った写真です。広島に投下された原子爆弾の実物大の模型と私です。

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左下のプレートには「地獄の炎」と題して、「1945年7月16日、ニューメキシコ州の沙漠で原子爆弾の実験に成功した。この実物大の模型は”リトルボーイ”とよばれ、8月6日広島に投下された。その威力はダイナマイト20,000トンに相当し、90,000人を死亡させた」と書かれています。
実験成功からわずか3週間後に広島に投下されたのでした。

下の写真、左は模型の背後に掲げられていた写真で実験が成功した時のきのこ雲です。右は広島に投下した時の米軍公表のきのこ雲です。

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下の写真は投下直後の広島の様子です。
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続いて8月9日、長崎にも原子爆弾が落とされました。この時の爆弾は下の写真です。
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下の写真は原子爆弾が投下された直後の長崎・浦上の様子です。
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広島に投下された原爆(リトルボーイと呼ばれています)は濃縮ウラン235を使って製造されました。一方、8月9日長崎に投下された原子爆弾(ファットマンと呼ばれています)は、プルトニウム239を使って製造されました。二つの原子爆弾は違ったタイプのものでした。
その後の核開発競争で、アメリカは二つの違ったタイプを並行して開発しましたが、イギリスやフランスは、当時ウラン濃縮技術を持たなかったので、天然ウランを燃やしてプルトニウムを生み出すプルトニウム生産炉を建設して核開発に乗り出しました。
このプルトニウム生産炉を基本にして、発電用原子炉が生まれて行くのです。

(2)世界の原子力発電の開発競争
世界最初の原子力発電所は、1954年6月に運転を開始したソ連のオブニンスク発電所(下写真)でが、これは長い間秘密のベールに包まれていました。
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西側における最初の商用原子力発電所はイギリスでプルトニウム生産炉を基本に開発したコールダーホール1号炉です。運転開始は1956年10月17日で、出力6万kwでした。この原発は2007年9月、老朽化のため爆破解体されました。
アメリカは長らく軍事に専念し、原子力発電への転用は遅れ、シッピングポート発電所が最初で、運転開始は1957年12月、加圧水型で出力は10万kwでした。この発電所は1982年10月1日に閉鎖されました。
フランスでは、1964年2月に運転を開始したシノンA1号炉が最初で、出力は8万4000kwでした。

(3)日本の原子力発電のはじまり
日本に初めて設立された商用原子力発電所は茨城県東海村に建設された東海発電所です。運営主体は電力業界が共同設立した日本原子力発電です。原子炉の種類はイギリスが開発した改良型コルダーホール型炉で、東海1号機として1965年11月発電に成功しました。しかし現在は廃炉となり解体中です。
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これに続いて、1971年3月、東京電力が米国ジェネラル・エレクトリック(G・E)社沸騰水型軽水炉を導入して福島第一原子力発電所1号機(46万kw)を建設・運転開始しました(下写真)。
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同じく1970年11月、関西電力が米国ウエスチングハウス(W・H)社加圧水型軽水炉を導入して美浜原子力1号機(34万kw)を建設・運転開始しました。
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この後、我が国は大手電機メーカーが国産原子力発電機を開発し、電力業界は原子力発電所の建設にひた走り、世界第3の原発大国となりました。

(4)東日本大震災と福島第一原発事故
原子爆弾の唯一の被爆国であった日本が、原発事故により放射能を撒き散らす加害国となってしまいました。
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世界がその去就を見守っています。下の写真はIAEA(国際原子力機関)のメンバーが福島第一原発に調査に来た時の写真です。
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核兵器をみずから開発し、原子力発電に進んで行ったヨーロッパ先進国に比べ、核兵器反対を唱えながら、外国技術を導入し、安易に原子力発電に取り組んで行った我が国では、「核」に対する姿勢が根本的に違い、今回の悲惨な事故の原因になったのではないかと思います。

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2011/06/26 17:23

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
広島と長崎の原爆は同じものと思っていましたので、大変勉強になりました…実験間もなくの投下。戦争の早期終結を表向きに人命を使った実験をしたかったのでしょう。いま私達の生活は当時軍事目的で開発された技術で溢れています。日々の生活は便利で快適になった裏に、戦争で開発された技術で私達は豊かで便利な生活を築います。被爆国である日本が原発を平和利用するのは矛盾しているようで、人類発展の根本がそこにあると想像してしまうのです。つまり、戦争が私達の生活を豊かにし、豊かになろうと望む以上、戦争はなくならない、戦争によって多くの血と屍の上に私達人類の発展と豊かさが築かれているのだと…考えてしまうのです。
はな
2011/06/21 13:34
はなさんへ
そうなのですね。第一次、第二次世界大戦に参戦したアメリカは、国民の総力を挙げて、新技術と物量作戦で勝利しました。
世界では次々と新しい技術が開発されますが、軍事目的と平和目的は表裏一体です。
今回の事故は、反対の声には全く耳を貸さず、政、官、財、学が一体となり、原子力発電を推し進め、技術大国日本の慢心と油断があったのでしょう。
これを機会に電力行政そのものの見直しを期待しています。
M YASUDA
2011/06/21 16:04

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