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zoom RSS (145)アメリカ大陸横断J アラモ砦、サンアントニオ(テキサス州) <付録>映画の主題歌と歌詞

<<   作成日時 : 2011/09/04 12:00   >>

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2007年4月13日、ペコスの町を出発し、一路サンアントニオに向かいました。サンアントニオは映画にもなった「アラモ砦」(下写真)があります。
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その昔、テキサスがメキシコから独立しようとした時、メキシコはそれを制圧しようとして、正規軍がサンアントニオ市に進軍してきました。テキサス側は百数十人の市民と義勇兵がアラモ伝道所を砦としてたてこもり、メキシコの大軍の前に一歩も譲らず、大激戦を行いました。戦闘は1836年2月23日に始まり、13日間の攻防の末、3月6日アラモ砦を守る最後の兵が倒れ、戦闘は終結し、この町はメキシコ軍の手に落ちました。しかし、46日後の4月21日、サンジャシントの戦いでは独立軍がメキシコ軍を撃破しました。
この二つの戦闘によりテキサスは独立して、テキサス共和国が成立しました。テキサス共和国はその後1845年にアメリカ合衆国に「加盟」しました。

バスはサンアントニオに入って行きました。急に暑くなってきました。
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アラモ砦は街の中心にありました。写真はアラモ砦を取り囲む石垣と周囲の高層ビルです。
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下写真はアラモ砦の正面です。アラモ砦とはもともとは「アラモ伝道所」として、18世紀にスペインによって建設されたもので、正面は全く教会に見えます。中は現在博物館になっていました。
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その後、伝道所としての機能が放棄され、19世紀には軍事要塞として使用されるようになりました。下写真は横から見た所ですが、堅固な要塞の感じがします。
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下写真は中庭で、頑強な壁で囲まれています。
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下写真は当時の大砲です。
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下写真は通りに面した横の入り口です。
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サンアントニオは市街のリバー・ウォークにちなみ、「アメリカのヴェニス」と呼ばれています。開発の契機となったのは1921年の大規模な洪水で、水路と市街地を生かしたリバー・ウォーク構想が打ち立てられ、1929年から着工されて新たな中心街となりました。1968年に「サンアントニオ国際博覧会」が開催され、大規模コンベンションセンター、レストラン、劇場、ショッピングモールなどが相次いで建てられ、文化の拠点としても発展してきました。
以下にリバー・ウオークの写真を掲載します。まず水路と回りの緑です。
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水路と回りのショッピングモールの写真です。
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夕食はリバー・ウォーク沿いのレストランで食べ、その後遊覧船に乗り水路を回りました。
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<<付録>>
映画「THE ALAMO」の主題歌の曲と英語歌詞と意訳を掲載します。

The ALAMO アラモ(The Green Leaves of Summer)

The Brothers Four – The Green Leaves Of Summer
(Paul Francis Webster / Dimitri Tiomkin)

A time to be reaping
A time to be sowing
The green leaves of summer
Are calling me home
Was so good to be young then
In the season of plenty
When the catfish were jumping
As high as the sky

A time just for planting
And the time just for ploughing
A time to be courting
a girl of your own
Was so good to be young then
To be close to the earth
And to stand by your wife
At the moment of birth

It was so good to be young then
To be close to the earth
Now the green leaves of summer
Are calling me home
It was so good to be young then
To be close to the earth
Now the green leaves of summer
Are calling me home

(意訳)
刈り取りの時
種撒く時
夏の緑の葉が
私を故郷へ誘う
若くあることはとても良かった
豊かな季節の中で
あの時ナマズが跳ねていた
空ほどに高く

ちょうど植えるための時
そしてちょうど耕す時
求愛する時
あなたの女の子に
若くあることはとても良かった
大地に寄り添うようにあって
そして、あなたの妻の傍らに立った
あの誕生の瞬間

若くあることはとても良かった
大地に寄り添うようにあって
今、夏の緑の葉が
私を故郷へ誘う
若くあることはとても良かった
大地に寄り添うようにあって
今、夏の緑の葉が
私を故郷へ誘う

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
アメリカのヴェニス。美しい街並みが想像されますが、町の開発で、あちらの国は統一感を感じます。日本の街並みはなぜこのようにならないのでしょうか。ここは旅行してみたいところだなと感じます。特に水路を巡ってみたいですね。
はな
2011/09/24 14:14
はなさんへ
海外を旅行して、何時も感じることがあります。
ヨーロッパ等の歴史的地区では、古い街並みを保存するために、住民が不便を承知で協力していることです。このためには新築する家の形や、色まで決めています。
私がオーストラリアの駐在していた時、家の前の芝生を放っておいたら、隣の家から「綺麗に刈れ」と苦情が来ました。
一方、日本では古い家並みはどんどん壊し、自勝手に奇抜なビルをどんどん建てて全く統一がとれていません。また家の前の道路はあまり清掃されていません。

日本人は海外旅行して、外国は綺麗だったと感心はしますが、感心するだけでは駄目で、その綺麗さは住民が協力して美化に努めていることを知るべきです。そして日本に帰ってから自分達の町を綺麗にするために、協力すべきです。
身近なことですが、自分の家の前の道路の草むしりや清掃などからでも始めるべきです。
「街路樹の落ち葉拾いが大変だから、街路樹を切れ」とか、自分勝手で町を綺麗にしようという心構えがありません。
M YASUDA
2011/09/24 20:56

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