M YASUDAのブログ

アクセスカウンタ

zoom RSS (368)京都大学農学部農林経済学科同期会A 2日目 宇治分校跡を視察

<<   作成日時 : 2014/11/08 14:01   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 3 / トラックバック 2 / コメント 0

当時、京都大学入学生は、教養課程の最初の1年間を京都府宇治市黄檗の「宇治分校」で学び、2年生から京都の吉田分校に移ることになっていました。しかし私たちが入学した翌年から教養課程の2年間を最初から吉田分校で学べることになり、私たちが最後の宇治分校生となりました。宇治分校は日本帝国陸軍の火薬庫跡の敷地の半分を大学にしたもので、あちこちに火薬庫の廃墟が残り、兵舎がそのまま校舎になっていました。残りの半分は陸上自衛隊の「宇治駐屯地」になっていました。
しかし、同期会の二日目、宇治分校跡で見たのは、研究施設が集中する下図のような「京都大学宇治キャンパス」でした。

画像

下写真は、当時宇治分校通学に最も使った京阪電車宇治線の「黄檗駅」です。
画像

下は、陸上自衛隊宇治駐屯地の正門です。昔より整備され立派になっていました。
画像

ここから下写真の長い塀を伝って、宇治分校跡に向かいました。塀の道路を隔てた反対側には池や荒れ地が広がっていて、写真のような住宅や商店は全くありませんでした。
画像

この塀の先に、50年前には下写真のような宇治分校の「正門」がありました。その門柱には木製の看板に「京都大学教養部宇治分校」と書かれていましたが、一部消えかけてようやく読める程度でした。
画像

その横には、頑丈なコンクリートの歩哨所(門番の兵士が立っていた小屋)がありました。
画像

今、この場所は「南門」となっていて、ここから下写真のような広い道路が続いて、両側には研究施設が並んでいました。
画像

また、道路の両側には綺麗な並木がありましたが、これらの樹木は火薬庫時代からあったものが育ったものと思います。
画像

宇治分校時代には、ここかしこに下写真のように茂った叢の中に廃墟となった火薬庫の残骸がありました。しかし私が手をかけている木も、そのまま現在も育っていることでしょう。
画像

ここには当時、「宇治分校」「木材研究所」「防災研究所」しかなかったと思いますが、今では研究施設がたくさん入っていました。下写真のような案内板をみてもその研究内容が全く分かりません。
画像

研究所は立派なビルです。
画像

すっかり、変貌した宇治分校跡で、何か当時の物が残っていないか皆で探しました。ありました。ありました。当時私たちが毎日見ていた掲示板が、そのまま残っていました。
今は何も掲示されていませんが、ここに「休講の知らせ」「アルバイト情報」「下宿情報」など、びっしりと掲示されていました。
画像

もう一つ、当時の建物を一棟見つけました。ここで記念撮影です。
画像

宇治分校には当時、写真のようなグランドがありました。グランドの後ろ左の建物は「生協の売店」だったと思います。ここが今どのようになっているだろうか?と探しましたが・・・
画像

建物が多くて、グランドがあった場所はよく分かりませんでした。
画像

下写真は、現在の宇治キャンパスと陸上自衛隊宇治駐屯地との境界のフエンスです。
画像

下写真は宇治分校時代の宇治分校と自衛隊との境界の垣根です。映画に出てくるような木柱に鉄条網でした。
画像

残念ながら私は当時写真機を持っていませんでした。宇治分校時代の校舎や生協食堂、図書館など詳しく物語る写真がありません。このため以上のごく限られて写真しか残っていません。下写真もその中の一枚です。
画像

下写真は、明治大学生田校舎に残る「陸軍登戸研究所跡の弾薬庫」です。明治大学は宇治分校と同じように軍用地の払い下げを受けて、兵舎をそのまま生田校舎として利用していました。現在その一棟が「明治大学平和教育登戸研究所資料館」になって残っています。
画像

慶應義塾大学日吉キャンパスの地下には下写真のような、帝国海軍の大地下壕があります。大学の支援を受けて地元の人々が、「日吉台地下壕保存の会」を結成して整備・公開を行っています。
画像

宇治分校の兵舎で学んだ最後の学生である私たちは、それらの痕跡が跡形もなく消え去っていたのが残念でした。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 3
なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた

トラックバック(2件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
(228)陸軍登戸研究所(補遺5) 登戸研究所で考える戦争と平和
2012年7月12日、大学時代の同級生8名と、明治大学平和教育資料館を訪れました。その時の「訪問記」を大学のOB会の会報に投稿しましたので、投稿原稿を掲載します。 ...続きを見る
M YASUDAのブログ
2014/11/08 14:45
(252)慶應義塾大学日吉キャンパスの帝国海軍大地下壕@ 連合艦隊司令部地下壕
(1)はじめに 横浜市港北区日吉にある慶應義塾大学日吉キャンパスの地下に、帝国海軍の網の目のように張り巡らされた大地下壕があります。この大地下壕は、単なる避難壕や防空壕ではありませ。太平洋戦争の末期、帝国海軍が学徒出陣や勤労奉仕で学生がいなくなった日吉キャンパスを占め、本土決戦に向けて掘った地下壕です。 ...続きを見る
M YASUDAのブログ
2014/11/08 14:46

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
(368)京都大学農学部農林経済学科同期会A 2日目 宇治分校跡を視察 M YASUDAのブログ/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる