M YASUDAのブログ

アクセスカウンタ

zoom RSS (373)三高寮歌「行春哀歌」と与謝野鉄幹作「人を戀ふる歌」

<<   作成日時 : 2014/11/22 00:11   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 4 / トラックバック 0 / コメント 0

三高歌集に「行春哀歌」という歌があります。楽譜・歌詞が載っているページの写真は下の通りです。私の所属していた応援団でこの歌をよく歌いました。私の最も好きな歌の一つです。

画像


歌詞を綴ってみると以下の通りです。(三高歌集には書かれていませんが、別の文献では大正3年制定)

「行春哀歌」
矢野峰人 作詞   小川 昇 作曲

(前言葉)
われらがはなやかに美はしかりし青春の饗宴(ウタゲ)は、
かくもしづかに、またかくもあわただしげに尽きなむとす。
友よ、さらに新しき盃をもとめながら、われらともに
うすれゆく日のかげにこの哀歌を聲ひくゝ誦せむ。

一、静かに來たれなつかしき 友ようれひの手をとらん
  くもりてひかる汝(ナ)が瞳(マミ)に 消えゆく若き日はなげく

二、われらが影をうかべたる 黄金(コガネ)の盃(ツキ)の美酒(ウマザケ)は
  見よ音もなくしたゝりて にほへるしづくつきむとす

三、げにもえわかぬ春愁の もつれてとけぬなやみかな
  君が無言のほゝゑみも 見はてぬ夢のなごりなれ

四、かくも静かに去りゆくか ふたつなき日のこのいのち
  歌える暇もひそびそと うするゝかげのさみしさや

五、あゝ青春は今かゆく 暮るゝにはやき若き日の
  うたげの庭の花むしろ 足音もなき「時」の舞

六、友よわれらが美(ヨ)き夢の 去りゆく影を見やりつゝ
  離別(ワカレ)の酒を酌みかはし わかれのうたにほゝゑまん

京都大学吉田寮同窓会が合唱していますので、この歌を聴いてみましょう。

画像




この歌をお聞きになった人は、すぐに気付かれることと思いますが、与謝野鉄幹作の「人を戀ふる歌」と同じメロディーです。美空ひばりさんが下のように歌っています。

人を恋うる歌(歌:美空ひばり)

画像




与謝野鉄幹の原作には16番までありますので、美空ひばりさんが歌った部分のみ綴ってみます。(上の歌詞とは若干異なったところがあります)

〇明治34年3月15日発行の『鉄幹子』による本文 
      人を戀ふる歌                 
           (三十年八月京城に於て作る)

妻(つま)をめとらば才たけて 顔(みめ)うるはしくなさけある
友をえらばば書を讀んで 六分の俠氣四分の熱

戀のいのちをたづぬれば 名を惜むかなをとこゆゑ
友のなさけをたづぬれば 義のあるところ火をも踏む

くめやうま酒うたひめに をとめの知らぬ意氣地あり
簿記(ぼき)の筆とるわかものに まことのをのこ君を見る

人やわらはん業平(なりひら)が 小野の山ざと雪を分け
夢かと泣きて齒がみせし むかしを慕ふむらごころ

あゝわれ如何にふところの 劍(つるぎ)は鳴(なり)をしのぶとも
むせぶ涙を手にうけて かなしき歌の無からんや

おのづからなる天地(あめつち)を 戀ふるなさけは洩すとも
人を罵り世をいかる はげしき歌を秘めよかし

学生時代から、この二つの歌が同じメロディーで歌われていることに関心を持っていました。

今やネット社会です。ネットで調べると、「小さな資料室」で下のような文献に出会いました。
http://www.geocities.jp/sybrma/428tekkan.hitowokohuruuta.html

講談社文庫『日本の唱歌 〔上〕明治篇』(金田一春彦・安西愛子編)には次のような解説があるようです。

「人を恋うるの歌」は、与謝野鉄幹の詩歌集「鉄幹子」(明治34年刊)に収められている歌詞に、明治41年に曲が付けられたものという。作曲者が不明なのは残念である。

三高寮歌の「行春哀歌」もこの曲を借りて歌っている。(筆者註:作詞者の)矢野氏によると、この寮歌にはもともと小川という生徒の付けた曲があったが、それが不評でさっぱり歌われない。中学時代の友人片岡鉄兵が京都へ来た時にそのことを話したら、おれがいい節を教えてやる、おれたちがいつも藤村の酔歌を歌う時の節だと言ってこの曲を教えてくれた、矢野氏がそれを歌って聞かせると一同それがいいということになって「行春哀歌」の曲に固定したというのである。

この曲はいろいろな詩の節として使われたようであるが、たしかにそれにふさわしい節である。(同書、238頁)

以上から考えてみると

@「人を恋うるの歌」は明治41年に曲が付けられました。但し作曲者は不明。

A「行春哀歌」は作詞者の矢野氏によると、中学時代の友人片岡鉄兵が京都へ来た時に教えてくれ曲が「行春哀歌」の曲に固定しました。三高歌集には二つに曲が書かれているのは、このような経緯があったからでしょう。

B「行春哀歌」に固定した曲は片岡鉄兵が「おれたちがいつも藤村の酔歌を歌う時の節だ」と言って教えた曲です。

結論として、この曲は作者不明のまま、「人を恋うるの歌」「藤村の酔歌」「行春哀歌」に使われたと思われます。

テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 4
なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
面白い 面白い

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
(373)三高寮歌「行春哀歌」と与謝野鉄幹作「人を戀ふる歌」 M YASUDAのブログ/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる