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zoom RSS (442)大山街道をホントに歩くN 渋谷駅(東京渋谷区)〜駒沢大学駅(世田谷区)

<<   作成日時 : 2016/08/05 23:43   >>

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2016年7月24日、東急田園都市線「渋谷」駅で下車して、大山街道を西に向かって歩きました。
前回の渡辺崋山の「游相日記」の続きでは「道玄坂で煙管(きせる)を買う。銅銭七十文であった。渋谷、目黒、用賀、瀬田などという辺は土が黒く、杉は黄色っぽく、稲の稔りはよい。江戸を出外れて無事に旅を続けること四里(約16キロ)にして渡しがあった。二子の渡しという。・・・・・・」と書かれています。
下地図は、明治13年の宮益坂・道玄坂・大阪付近の地図です。現在の渋谷とは別世界で、渡辺崋山の「游相日記」の世界が想像できます。
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下写真は、渋谷駅の西口広場です。山手線の向こうに見える高層ビルは、新しくできた「ヒカリエ」です。
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向きを西に変えて、ウオーキングを開始しました。写真は「東急109」です。
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下はこれから先のルートマップです。
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まず「道玄坂(28)」を登って行きました。この坂の名前は、渋谷氏の一族であった大和田道玄という山賊の親分が、街道を行く旅人を襲ったりしたことに由来しています。
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坂の右に「(29)しぶや百軒店(ひゃっけんだな)」のゲートがありました。関東大震災で被災した店を受け入れてできた繁華街です。
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道玄坂を登ったところに(30「)道玄坂の碑」と「与謝野晶子の碑」がありました。
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首都高速を見上げながら進むと「(31)大阪上バス停」があり、その先に下写真のような左に入る細い道(32)「大山街道旧道」がありました。
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旧道から高速道路の下に出たところの玉川通りに「(35)上目黒氷川神社」の鳥居がありました。
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鳥居の左に「(35)道標」がありました。正面には「大山道、せたがや道、玉川道」と彫られていました。
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玉川通りを進むと「(36)大橋」があり、その下を下写真の「(37)目黒川」が流れていました。
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下は田園都市線「池尻大橋」から「三軒茶屋」までルートマップです。
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「池尻大橋駅」から上の地図に従って、下写真の左の「(38)旧道」に入っていきました。
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道筋のあちこちに下写真のような「大山街道」のポスターが貼ってありました。
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旧道から少し離れたところに「庚申堂」があり、その中に下写真の二体の庚申塔が祀ってありました。
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旧道に戻って進むと「(39)池尻稲荷神社」がありました。境内には「薬水の井戸」があり、旅人や、農民の飲料水に使われていましたようです。
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「三宿交差点」で、玉川通に合流して進むと、左に「昭和女子大学」のキャンパスがありました。
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「三軒茶屋」に付きました。下はその先のルートマップです。
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「三軒茶屋」は江戸時代、世田谷上町へむかう大山道(上町線)・登戸道と、新町方面に向かう大山道(新町線)に分岐する三差路に、三軒の茶屋があったことから付けられた地名です。大山街道は、もとは上町線のルートを通っていましたが、後に新町ルートが開かれ、これが本道になりました。下写真はその三差路に立つ「B不動尊の道標」です。
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三差路から新町線を進み、国道から旧道のC中里通りました。すぐに「D伊勢丸稲荷大明神」がありました。
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その先、旧道は蛇崩川(じゃくずれがわ)に蓋をして出来た「E蛇崩川緑道」と交差していました。
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やがて、旧道から玉川通りに合流すると「J宗円寺」がありました。
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間もなく田園都市線「駒沢大学駅」があり、ここでこの日のウオーキングを終えました。

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