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zoom RSS (442)映画「青い山脈」の系譜@ 1963年 吉永小百合の「青い山脈」と彦根ロケ

<<   作成日時 : 2016/08/10 23:13   >>

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映画「青い山脈」は、石坂洋次郎の長編小説「青い山脈」を映画化したものです。この小説は1947年(昭和22年)6月から12月まで朝日新聞に連載されました。作者は、この小説で戦後間もなく、地方の旧制高等女学校に起こった新旧思想の対立を主題にして、これから日本国民が築きあげていかねばならない民主的な生活の在り方を描こうとしました。

その後、この小説が1949年(昭和24年)最初に映画化されました。太平洋戦争が終わってわずか4年後のことです。映画は日本全国津々浦々の映画館で上映され、当時の日本国民に、自分たちの行く手にあるはずの新しい時代の、わかりやすい象徴のように迎えられ、超満員の盛況を作り出しました。また主題歌「青い山脈」は国民的なヒットになりました。私はこの時小学校2年生。映画は全く知りませんでしたが、この歌はよく覚えています。
その後この映画は、1957年、1963年、1975年、1988年の4回リメーク版が制作されました。

最近私は、1963年(昭和38年)に、私の生まれ故郷、滋賀県彦根市でロケが行われた、日活のリメーク版、吉永小百合主演の「青い山脈」のDVD(2011年発行)を入手しました。
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この映画が撮影された頃、私は大学に入って彦根を離れていたので、この映画が彦根で撮影されたことを知りませんでした。ある機会にこの映画を見て、初めから終わりまで映し出される彦根の情景に驚きました。今、改めてこのDVDも見ると、まるでタイムマシーンに乗って、50年前の彦根に舞い戻ったような感がします。

まず、この映画の予告編をYouTubeで見てみましょう。
青い山脈
NIKKATSUチャンネル
2013/10/06 に公開

映画の内容は、城下町の「貞淑女子高校」に転向してきた寺沢新子(吉永小百合)は、ちょっと変わっていた。前の学校で恋愛問題をおこして退学になったという噂が飛び、級友たちの反感を買う。ある日、英語の教諭島崎雪子(芦川いづみ)のところに、新子が一通のラブレターを持ってきた。これはクラスの誰かのいたずらだと新子に言われ、よく手紙を読むと、誤字だらけの文章・・・・どう見ても大学生の手紙ではない。雪子は丁度そこに来合わせた校医の沼田(二谷英明)に相談した。徹底的に究明しようといきり立つ雪子に沼田は事を荒立てるなと忠告する。ひそかに雪子を愛する沼田は、彼女がいつまでも前向きな姿勢でいることを危ぶんでいたのだった。数日後、雪子はとうとうラブレターの一件を生徒たちに切り出したが、強い反感にあう・・・その後、この問題はPTA役員会へと発展していく・・・・

監督:西川克己
配役:島崎雪子(女教師)芦川いづみ    沼田玉雄(校医)  二谷英明
   梅太郎(芸者)    南田洋子     寺沢新子(女子高生)吉永小百合
   金谷六助(浪人生) 浜田光夫     富永安吉(大学生) 高橋英樹
   松山浅子(女子高生)信千賀子    笹井和子(女子高生)田代みどり
  
映画の「貞淑女子高校」には、彦根市立西中学が使われています。またこの映画には当時の彦根城とその周辺、芹川の土手や橋、花柳街だった袋町などが舞台となって映し出されてきます。その景色が下記のブログに、現在の景色と対比して掲載されていますので、ご覧ください。
「青い山脈(昭和38年)のロケ地はいま」
http://sichikawa.seesaa.net/category/8591135-1.html
1963年 映画「青い山脈」彦根ロケ地 半世紀経過の新旧比較
http://minkara.carview.co.jp/userid/208139/blog/22001765/
その中のいくつの写真を拝借して、私の記憶を呼び起こして紹介します。

まず、オープニングの題名の背景は、彦根城から彦根駅方面を見た風景です。
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学生が自転車に乗っているのは、松原水泳場の松林。
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百間橋。松原内湖が干拓される以前は百間(約180m)のが由来のようです。
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芹川の一番下流の橋、橋の向こうに見えるのは琵琶湖です。
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本町商店街を通って登校する女子高生。城下町特有の道路で、敵の侵入に対するため複雑に曲げて造られています。
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舞台となった「貞淑女子高校」(彦根市立西中学校)に登校する女子高生。
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旧芹橋八丁目付近の芹川の土手の上の沼田医師と芹川にかかる木造の橋。私はこの近くの旧芹橋四丁目で幼少期を過ごしました。
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芹川にかかる「芹橋」と橋の袂にある交番。スクーターに乗っているのは沼田医師と芸者梅太郎。
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芹橋の土手から下りた昔の花柳街だった「袋町」の家並み。人物は梅太郎と彼女を追いかける女子高生笹井和子。
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次回は、小説「青い山脈」と、1949年に制作された映画「青い山脈」のオリジナル版を紹介します。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
当方のブログにコメントありがとうございました。

映画ロケついでの話なんですが…
私の曖昧な記憶ですが、↓の映画ロケが西中だったように思うのですが。(違っているかも?)
http://www.nikkatsu.com/movie/21012.html
ロッソモンツァ
2016/08/11 17:26
ロッソモンツァさま
ご訪問ありがとうございました。
戦後、新制中学が出来て、彦根には4つの中学校が出来ました。その中で人数の多かったのが、「東中」と「西中」で、私は「東中」でした。
(理解できないかもしれませんが)制度の上では、「東中」は出来ましたが、名前だけで校舎はありませんでした!!私の兄の時代は、付近の小学校の空き部屋を借りたり、公会堂を教室にしたりしていました。私の時代に、ようやく線路沿いの田んぼの中に、急造の校舎が出来ましたが、急造の故、台風が来れば窓ガラスや瓦が吹き飛び、グランドは泥んこ、廊下を歩いていると床が抜けたり、・・・・まったくお粗末なものでした。現在は別のところに移転しています。
それに比べ、映画の舞台となった「西中」は、映画が撮影されたくらいですから、彦根城の城域の中に、既存の校舎があって、落ち着いた良い環境の中学でした。
ロッソモンツァさまのおかげで、映画の舞台になったところの、現在の状況がわかりました。ありがとうございました。
M YASUDA
2016/08/11 23:46

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