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zoom RSS (477)中山道をホントに歩く(5) 戸田川渡船場跡(東京都板橋区)〜蕨宿(埼玉県蕨市)

<<   作成日時 : 2017/03/02 20:51   >>

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2017年2月28日、JR埼京線「浮間舟渡駅」で下車し、中山道を荒川を渡り、蕨宿まで歩きました。下は浮世絵に描かれた「蕨の駅 戸田川渡」です。
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板橋と蕨の中間を流れていたのが「戸田川」(現荒川)です。勿論「江戸防衛」のため舟渡しになっていました。戸田川は江戸を出発すると最初の大河であり、多くの旅人が緊張した場所でもありました。

下図はこの日のルートマップです。
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まず、@JR埼京線「浮間舟渡駅」で下車し、荒川(戸田川)に向かいました。東京側には渡し場跡が残っていないので、国道17号線にかかる「A戸田橋」を渡り、対岸の埼玉県側に向かいました。
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橋を渡り終え、堤防が工事中なので、堤防を降りて歩くと「B水神社」がありました。河岸住民の氏神です。
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ここから堤防に登ると「B渡船場跡碑」が立っていました。この付近に舟渡し場がありましたが、目の前に高い堤防があり荒川を見渡すことが出来ません。
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戸田橋に戻り、堤防を反対方向に歩くと「C戸田公園(戸田漕艇場)」がありました。1964年東京オリンピックの時に作られたものです。
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国道17号線(中山道)に戻って、進むと右に「つつじ幼稚園」がありました。この付近に日本橋から4里目の「上戸田の一里塚」があったと推定されています。
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国道を進むと左に「E光明寺」がありました。南北朝時代足利将軍の一門桃井氏の居城跡といわれています・
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近くの国道沿いの駐車場の一角に「F小堂」がありました。
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やがて戸田市から蕨市に入ると、「中山道」の碑があり、国道から旧道に入ると「G下木戸跡」に木戸を模したモニュメントがありました。
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すぐに織物の買継商を営んだ旧家を公開した「H蕨市立歴史民俗資料館分室」がありました。
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近くにノスタルジックな「I八百市商店」がありました。
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写真は「J蕨町道路元標」で、1920年(大正9年)に設置されたものです。
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中山道から少しはなれたところに「K長泉院」がありました。ここの梵鐘は蕨宿の時の鐘として親しまれた「いぼなし鐘」で、蕨市指定文化財です。
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中山道に戻ると「岡田厚生堂薬局」がありました。ここは「L岡田新蔵脇本陣跡」です。
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隣は「M岡田加兵衛本陣跡」で、現在は「蕨市立歴史民俗資料館」になっています。
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内部には、蕨宿シオラマがありました。
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すぐ近くに「N手打ちうどん四国屋」があり、ここから街道を離れ「O和楽備神社」に向かいます。
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「O和楽備神社」は、渋川氏が蕨城の守護神として、八幡社を勧請した神社です。
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中山道に戻ると商家造りの旧家「P鈴木薬局」がありました。
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その先に「地蔵への小径」の標識があり、小径を進と「Q金亀山極楽寺三學院」がありました。
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仁王門の前に「子育て地蔵」が祀られていました。
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この日のウオーキングはここまでとして、街道から離れた「R京浜東北線蕨駅」に向かい、帰宅しました。

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