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みんなの「戦跡および軍事」ブログ

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(459)原爆を描いた映画B 「長崎の鐘」「第五福竜丸」「黒い雨」<付録>歌 原爆を許すまじ
(459)原爆を描いた映画B 「長崎の鐘」「第五福竜丸」「黒い雨」<付録>歌 原爆を許すまじ (1)長崎の鐘 映画「長崎の鐘」は原爆が描かれた最初の映画とされています。原作は長崎医科大学(現・長崎大学医学部)の医学博士・永井隆の随筆「長崎の鐘」です。映画の公開は連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)の占領下の1950年(昭和25年)。GHQの検閲により、 原爆及び被爆状況等を正面から描く事が出来ず、 永井隆の生涯を描いた伝記作品という形で製作されました。 ...続きを見る

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2016/10/08 11:34
(458)原爆を描いた映画A 原爆を語る前に見よう !映画「ひろしま」
(458)原爆を描いた映画A 原爆を語る前に見よう !映画「ひろしま」 昭和27(1952)年に公開された映画「原爆の子」に引き続き、昭和28(1953)年に映画「ひろしま」が公開されました。私はこの時、小学校6年生でしたが、学校教育の一環として、学校から何年生以上だったか覚えていませんが、生徒揃って映画館に行き、この映画を見ました。その時は被爆者の様子が怖くて、目をそらしていました。他の生徒もそのようでした。私はかねがねこの映画をもう一度見てみたいと思っていましたが、今日に至るまで全然上映されず、この映画はどこに行ったのか?と不思議に思っていました。 最近、Yo... ...続きを見る

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2016/10/04 11:21
(455)原爆を描いた映画@ 戦後初めて原爆を取り上げた映画「原爆の子」
(455)原爆を描いた映画@ 戦後初めて原爆を取り上げた映画「原爆の子」 映画「原爆の子」は、1952年(昭和27年)8月6日公開の日本映画です。近代映画協会製作、北星配給。監督は新藤兼人、主演は乙羽信子(下写真)です。長田新が編纂した作文集『原爆の子〜広島の少年少女のうったえ』(岩波書店刊)を基にした作品で、戦後初めて原爆を直接取り上げた映画とされています。 ...続きを見る

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2016/09/26 19:16
(413)アメリカ大陸横断(付録3) 漫画「南北戦争」リンカン大統領と南軍総司令官リー将軍
(413)アメリカ大陸横断(付録3) 漫画「南北戦争」リンカン大統領と南軍総司令官リー将軍 アメリカは19世紀なかば、北部は商工業が発達し、南部は奴隷制度に支えられた綿花の栽培が盛んでした。南部にとって、労働力となる奴隷は必要不可欠でしたが、北部はそれを非難してきました。1820年、北緯36度30分より北で新たに奴隷州をつくる事を禁止するミズリー協定が結ばれ、対立は一旦落ち着きました。 ところが、1861年に奴隷制度の廃止を訴えるリンカンが大統領になると、奴隷制度の存続を求める南部11州は「アメリカ連合」を結成し、合衆国から脱退を宣言しました。そして、南部の軍隊が北軍のサムスター要塞... ...続きを見る

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2015/10/01 20:25
(396)こどもの国 歴史をたずねて 旧陸軍弾薬庫遺跡の見学
(396)こどもの国 歴史をたずねて 旧陸軍弾薬庫遺跡の見学 横浜市青葉区田奈町に広さ100ha(30万坪)、外周道路4キロ、内周道路2.4キロの多摩丘陵の雑木林をそのまま生かした自然の遊び場があります。雑木林をぬうように散策路があり、遊具広場、芝生広場、ミニSL、湖、牧場などがあります。下はその案内図です。 ...続きを見る

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2015/03/24 20:15
(378)ビキニ水爆実験:第五福竜丸以外の船員の被ばく追跡調査を厚労省が示唆
(378)ビキニ水爆実験:第五福竜丸以外の船員の被ばく追跡調査を厚労省が示唆 2015年1月5日付けの毎日新聞1面トップに「ビキニ水爆実験:船員被ばく追跡調査 福竜丸以外で初」との大きな見出しが躍っていました。この記事によると ...続きを見る

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2015/01/08 11:36
(368)京都大学農学部農林経済学科同期会A 2日目 宇治分校跡を視察
(368)京都大学農学部農林経済学科同期会A 2日目 宇治分校跡を視察 当時、京都大学入学生は、教養課程の最初の1年間を京都府宇治市黄檗の「宇治分校」で学び、2年生から京都の吉田分校に移ることになっていました。しかし私たちが入学した翌年から教養課程の2年間を最初から吉田分校で学べることになり、私たちが最後の宇治分校生となりました。宇治分校は日本帝国陸軍の火薬庫跡の敷地の半分を大学にしたもので、あちこちに火薬庫の廃墟が残り、兵舎がそのまま校舎になっていました。残りの半分は陸上自衛隊の「宇治駐屯地」になっていました。 しかし、同期会の二日目、宇治分校跡で見たのは、研究... ...続きを見る

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2014/11/08 14:01
(344)日高義樹著「アメリカが日本に『昭和憲法』を与えた真相」を読んで
(344)日高義樹著「アメリカが日本に『昭和憲法』を与えた真相」を読んで 日高義樹著「アメリカが日本に『昭和憲法』を与えた真相」を読みました。著者は1935年名古屋市生まれ、1959年東京大学英文学科卒業後NHKに入局。ニューヨーク支局長、ワシントン支局長などを経たあと、ハーバード大学客員教授、ハドソン研究所首席研究員などを歴任しています。この間行ったアメリカの占領軍の関係者とのインタビューをまとめ本書を著しました。憲法問題を考えるうえで参考になる本と思われますので、その内容を要約し紹介します。 ...続きを見る

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2014/08/31 21:41
(303)靖国問題を考える
(303)靖国問題を考える 2013年12月26日 安倍晋三首相が靖国神社を参拝しました(下写真)。 ...続きを見る

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2013/12/31 12:04
(300)慶應義塾大学日吉キャンパスの帝国海軍大地下壕見学(ウオーキング花MinN)
(300)慶應義塾大学日吉キャンパスの帝国海軍大地下壕見学(ウオーキング花MinN) ウオーキング花Minの10月イベントは趣向を変えて、慶應義塾大学日吉キャンパスの帝国海軍大地下壕の見学を行いました。2013年10月12日、「日吉台地下壕保存の会」が主催する見学会に参加するため、メンバー10名そろって、横浜市営地下鉄で「日吉駅」に行き見学会に合流しました。以下に地下壕が掘られた経緯と見学記をまとめます。 ...続きを見る

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2013/12/05 16:23
(295)新防衛大綱のあらまし
(295)新防衛大綱のあらまし 「防衛大綱」は日本の安全保障政策の指針で、今後10年程度の自衛隊の運営や装備の方向性を定めるものです。現大綱は民主党政権下の2010年に定めたものですが、安倍晋三首相は見直しを進めており、12月に新しい防衛大綱が発表されます。 その概要が2013年11月22日付の「日本経済新聞」に掲載されましたので、要約して紹介します。下図はその内容のイラストです。 ...続きを見る

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2013/11/26 12:53
(286)富士総合火力演習2013
(286)富士総合火力演習2013 静岡県御殿場市の東富士演習場で自衛隊が行う「富士総合火力演習」の今年の一般公開は、2013年8月25日でした。一般公開の実弾射撃は国内最大規模で、陸上自衛隊を中心に、海・空の自衛隊も参加して行われます。一般公開の見学は抽選で、今年の倍率は19.7倍でした。しかも当日は肌寒い小雨で中止になった演習もあったようです。 しかし、私はこの一般公開に先立って、2013年8月22日、自衛隊関係者や自衛隊の支援団体を対象にして行われる「富士総合火力演習2013」を見学する機会に恵まれ、大学時代の仲間と共に行... ...続きを見る

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2013/09/03 20:57
(283)陸上自衛隊富士学校・富士駐屯地 開設59周年記念行事と須走浅間神社
(283)陸上自衛隊富士学校・富士駐屯地 開設59周年記念行事と須走浅間神社 陸上自衛隊富士学校(静岡県駿東郡小山町須走482-27)は、陸上自衛隊富士駐屯地にあります。富士駐屯地は東京から西に約100kmに位置し、富士山麓に所在しています。標高830m、総面積80haの広さがあり、富士学校以外にもいくつかの部隊が駐屯しています。 2013年7月7日、富士学校・富士駐屯地の開設59周年を迎える記念行事を、たまプラーザ発の日帰りバスツアーに近くに住む大学の同期生たちと参加して見学して来ました。たまプラーザからはバスが3台も出る盛況でした。下写真は富士学校の正門です。若い家... ...続きを見る

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2013/07/16 11:23
(281)千鳥ヶ淵戦没者墓苑をめぐる
(281)千鳥ヶ淵戦没者墓苑をめぐる 2013年5月16日、千鳥ヶ淵戦没者墓苑を訪れました。「九段下」から桜で有名な千鳥ヶ淵にそって「半蔵門」の方向に少し歩くと、下写真の入口に着きました。 ...続きを見る

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2013/06/04 17:56
(267)中国海軍のレーダー照射事件と、中国人民解放軍の組織・兵力
(267)中国海軍のレーダー照射事件と、中国人民解放軍の組織・兵力 中国海軍艦船が海上自衛隊の護衛艦にレーダーを照射した問題が、クローズアップされています。 ...続きを見る

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2013/02/10 22:19
(258)慶應義塾大学日吉キャンパスの帝国海軍大地下壕C まとめにかえて
(258)慶應義塾大学日吉キャンパスの帝国海軍大地下壕C まとめにかえて 以前勤めていた会社のOB会報に、慶應義塾大学日吉キャンパスの大地下壕について下記の原稿を寄稿しましたので、まとめにかえて掲載します。 ...続きを見る

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2013/01/20 15:39
(254)慶應義塾大学日吉キャンパスの帝国海軍大地下壕B 周辺の関連軍事施設
(254)慶應義塾大学日吉キャンパスの帝国海軍大地下壕B 周辺の関連軍事施設 前回に引き続き、小冊子「学び・調べ・考えよう フィールドワーク 日吉・帝国海軍大地下壕」監修 慶應義塾大学名誉教授 白井 厚 日吉台地下壕保存の会編 から、日吉付近にあった関連する諸施設について紹介します。 ...続きを見る

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2012/11/26 16:21
(253)慶應義塾大学日吉キャンパスの帝国海軍大地下壕A 日吉キャンパスの歴史・非公開の地下壕
(253)慶應義塾大学日吉キャンパスの帝国海軍大地下壕A 日吉キャンパスの歴史・非公開の地下壕 (1)はじめに 前回は、日吉キャンパスの帝国海軍大地下壕のうち、公開されている「連合艦隊司令部地下壕」について紹介しましたが、今回は、日吉キャンパスの歴史と、現在公開されていない地下壕について、現地で入手した小冊子 「学び・調べ・考えよう フィールドワーク 日吉・帝国海軍大地下壕」 監修 慶應義塾大学名誉教授 白井 厚 日吉台地下壕保存の会編 から紹介します。 ...続きを見る

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2012/11/21 23:10
(252)慶應義塾大学日吉キャンパスの帝国海軍大地下壕@ 連合艦隊司令部地下壕
(252)慶應義塾大学日吉キャンパスの帝国海軍大地下壕@ 連合艦隊司令部地下壕 (1)はじめに 横浜市港北区日吉にある慶應義塾大学日吉キャンパスの地下に、帝国海軍の網の目のように張り巡らされた大地下壕があります。この大地下壕は、単なる避難壕や防空壕ではありませ。太平洋戦争の末期、帝国海軍が学徒出陣や勤労奉仕で学生がいなくなった日吉キャンパスを占め、本土決戦に向けて掘った地下壕です。 ...続きを見る

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2012/11/18 12:53
(248)ハロン湾とアンコールワットJ ホーチミンT 半日クチ・トンネル観光
(248)ハロン湾とアンコールワットJ ホーチミンT 半日クチ・トンネル観光 2011年2月11日アンコール遺跡の観光を終えて、夜の便でベトナムのホーチミンに入りました。翌12日は午前中がホーチミン市内観光、午後は自由行動となり「ベトナム戦争で米兵を苦しめた、地下トンネルの要塞」を見る「半日クチ・トンネル・ツアー」に行きました。ホーチミンの観光記の前に、ベトナム戦争に関連した「クチ・トンネル」を紹介します。 ...続きを見る

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2012/10/27 23:47
(228)陸軍登戸研究所(補遺5) 登戸研究所で考える戦争と平和
(228)陸軍登戸研究所(補遺5) 登戸研究所で考える戦争と平和 2012年7月12日、大学時代の同級生8名と、明治大学平和教育資料館を訪れました。その時の「訪問記」を大学のOB会の会報に投稿しましたので、投稿原稿を掲載します。 ...続きを見る

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2012/07/17 17:21
(220)靖国神社をめぐる
(220)靖国神社をめぐる 2012年6月7日、靖国神社を訪れました。 「靖国神社」は、大村益次郎の発案のもと明治天皇の命により、明治2年(1869)戊辰戦争の官軍の犠牲者を祀る目的で建てられた「東京招魂社」が始まりです。 戊申戦争とは1868年(慶応4)年に始まった官軍と幕府軍と戦いで、鳥羽・伏見の戦いから、江戸城開城、上野の彰義隊との戦い、奥州列藩同盟との戦い、会津戦争など翌年5月の箱館五稜郭まで続いた戦いです。 後に、戊辰戦争だけでなく、幕末の嘉永6年(1853)以降の、各地の戦いや西南戦争などの官軍の殉職者も... ...続きを見る

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2012/06/20 23:19
(212)陸軍登戸研究所(補遺4)まとめにかえて
(212)陸軍登戸研究所(補遺4)まとめにかえて 陸軍登戸研究所シリーズのまとめにかえて、以前に勤めた会社のOB会の会報に寄稿した原稿を掲載します。 ...続きを見る

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2012/05/12 20:22
(210)陸軍登戸研究所(補遺3) 秘密戦に関連する用語の解説
(210)陸軍登戸研究所(補遺3) 秘密戦に関連する用語の解説 これまで、私の「陸軍登戸研究所シリーズ」では、現代では日常的には使われていない秘密戦に関連する特殊用語を使ってきました。若い人々にはなじみがないと思いますので、明治大学平和教育登戸研究所資料館(以下単に「資料館」と呼びます)の資料から、それらを調べて読者の皆様の参考に供したいと思います。 ...続きを見る

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2012/05/02 17:53
(205)陸軍登戸研究所(補遺2)明治大学平和教育登戸研究所資料館の内部
(205)陸軍登戸研究所(補遺2)明治大学平和教育登戸研究所資料館の内部 2012年4月12日、明治大学生田校舎を訪れ、登戸研究所資料館に入りました。受付で「内部の様子の写真を撮りたいのですが・・・」とお願いしたところ、「所蔵資料撮影申請書」に個人用として必要事項を記入して、撮影許可を得ました。以下に、資料館の内部の様子と、これまでのブログにない新発見の写真を掲載します(写真はすべてクリックすると大きくなります)。 レストスペース 入口を入ってすぐにあります(下写真)。戦前・戦後の写真が掲示され、登戸研究所に関するビデオも見られるようになっています。 第一展示室... ...続きを見る

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2012/04/15 11:25
(204)陸軍登戸研究所(補遺1) 桜の季節の明治大学生田校舎とその周辺
(204)陸軍登戸研究所(補遺1) 桜の季節の明治大学生田校舎とその周辺 2012年4月12日、午前中に「平瀬川沿いの桜」を見て、その後、明治大学生田校舎を訪れました。生田校舎では「登戸研究所資料館」を見た後、生田校舎とその周辺の桜を見てきました。まず今回は、生田校舎とその周辺の桜の様子を掲載し、資料館の内部は次回に譲ります。 ...続きを見る

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2012/04/14 16:15
(201)陸軍登戸研究所(完) 関係者たちの戦後
(201)陸軍登戸研究所(完) 関係者たちの戦後 免責された戦争責任 アメリカ政府は、戦争終結から秘密戦に関わる情報を収集しようとしました。それは冷戦が進む中で、ソ連よりも早く、そして効率よく生物化学兵器の開発と実戦に関するデータやノウハウを入手することに目的がありました。しかし、敗戦直後のアメリカによる日本の秘密戦の調査および関係者への尋問はスムースには進みませんでした。 ...続きを見る

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2012/04/09 10:42
(200)陸軍登戸研究所D 731部隊と登戸研究所
(200)陸軍登戸研究所D 731部隊と登戸研究所 登戸研究所でまず疑念を抱かれるのが、人体実験をしていたかどうか?でしょう。今回は731部隊と関連して、この点を解明してみます。 ...続きを見る

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2012/04/08 11:09
(199)陸軍登戸研究所C 登戸研究所で開発された兵器
(199)陸軍登戸研究所C 登戸研究所で開発された兵器 前回では、陸軍内部における陸軍登戸研究所の位置づけ、また登戸研究所の内部組織とそれぞれの研究・開発分野を述べましたので、今回はそれぞれの担当分野でどのような兵器開発や活動を展開したのか調べてみます。 ...続きを見る

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2012/04/07 14:58
(198)陸軍登戸研究所B その位置づけと研究内容
(198)陸軍登戸研究所B その位置づけと研究内容 (1)第九陸軍技術研究所の成立 登戸研究所が「第九陸軍技術研究所」と呼ばれていた時期がありました。この「第九・・・」とはどのような意味があるのでしょうか? ...続きを見る

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2012/04/06 15:51
(197)陸軍登戸研究所A その跡地は現在どのようになっているのでしょうか?
(197)陸軍登戸研究所A その跡地は現在どのようになっているのでしょうか? 登戸研究所は川崎生田区(現在の川崎市多摩区)にありました。 その敷地面積は、11万坪であったといわれています。昭和22年(1947年)、終戦から2年後にGHQが撮った航空写真に次のようなものがあります(写真をクリックすると大きくなります)。 ...続きを見る

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2012/04/05 22:55
(196)陸軍登戸研究所@ 明治大学平和教育登戸研究所資料館の概要
(196)陸軍登戸研究所@ 明治大学平和教育登戸研究所資料館の概要 (1)はじめに 明治大学生田キャンパス(川崎市多摩区)に「明治大学平和教育登戸研究所資料館」が、2010年3月29日開設されています。 「登戸研究所」は、旧日本軍の秘密戦兵器開発のための研究所で現在の川崎市多摩区にありました。秘密戦とは防諜・諜報・謀略・宣伝の分野の戦いをいいます。 登戸研究所の前身は、1919年に設立された「陸軍科学研究所」で、1937年に同研究所に「登戸実験場」が開設されました。その後、1939年に「登戸出張所」と改称され、1942年には「第九陸軍技術研究所」と改称・改... ...続きを見る

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2012/04/01 12:17
(171)大シルクロード天山南路A ウルムチ、天池、ウイグル騒乱、中国の核実験
(171)大シルクロード天山南路A ウルムチ、天池、ウイグル騒乱、中国の核実験 2005年5月30日、ウルムチのホテルで目が覚めて、窓から外を見るとウルムチの市街が開けていました。高層ビルが立ち並ぶ、思ったより大きな近代的な街でした。 ...続きを見る

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2012/02/15 21:01
(153)アメリカ大陸横断Qチャタヌガ(チューチュー)、ストーンマウンテン、アトランタと「南北戦争」
(153)アメリカ大陸横断Qチャタヌガ(チューチュー)、ストーンマウンテン、アトランタと「南北戦争」 2007年4月18日、ナッシュビルを出発して、アトランタに向かいました。テネシー川を渡り、ジョージア州チャタヌガの町に入りました。下写真はテネシー川とそれにかかる橋です。 ...続きを見る

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2011/10/11 23:28
(145)アメリカ大陸横断J アラモ砦、サンアントニオ(テキサス州) <付録>映画の主題歌と歌詞
(145)アメリカ大陸横断J アラモ砦、サンアントニオ(テキサス州) <付録>映画の主題歌と歌詞 2007年4月13日、ペコスの町を出発し、一路サンアントニオに向かいました。サンアントニオは映画にもなった「アラモ砦」(下写真)があります。その昔、テキサスがメキシコから独立しようとした時、メキシコはそれを制圧しようとして、正規軍がサンアントニオ市に進軍してきました。テキサス側は百数十人の市民と義勇兵がアラモ伝道所を砦としてたてこもり、メキシコの大軍の前に一歩も譲らず、大激戦を行いました。戦闘は1836年2月23日に始まり、13日間の攻防の末、3月6日アラモ砦を守る最後の兵が倒れ、戦闘は終結し、... ...続きを見る

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2011/09/04 12:00
(141)横須賀軍港めぐりと歴史散策A どぶ板通り、記念艦「三笠」
(141)横須賀軍港めぐりと歴史散策A どぶ板通り、記念艦「三笠」 2011年8月19日、横須賀軍港の遊覧を終わって、「どぶ板通り」を散策しました。 「どぶ板通り」とは、横須賀市中心部にある全長300m程の商店街です。 戦前この通りには道の中央にどぶ川が流れていましたが、人やクルマの通行の邪魔になるため海軍工廠より厚い鉄板を提供してもらい、どぶ川に蓋をしたことから「どぶ板通り」と呼ばれるようになりました。 現在ではドブ川・鉄板ともに撤去されています。 ...続きを見る

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2011/08/23 23:51
(140)横須賀軍港めぐりと歴史散策@ 横須賀軍港の艦船
(140)横須賀軍港めぐりと歴史散策@ 横須賀軍港の艦船 2011年8月19日(金)大学時代の同級生と「横須賀軍港巡りと歴史散策のツアー」に参加しました。軍港の遊覧船に乗るために港の桟橋に行ったところ、まず目に飛び込んできたのが下写真の船です。「あれ、日本に空母があったのか?」と思いましたが、遊覧船の説明では、これは空母ではなく「艦番181ヘリコプター搭載護衛艦 ひゅうが」でした。 ...続きを見る

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2011/08/22 18:08
(127)東日本大震災に思う(31) 原子力発電と核武装
(127)東日本大震災に思う(31) 原子力発電と核武装 私のこれまでのブログで、原子力発電と核兵器との関係が度々出て来ました。また7月4日のビートたけしのTVタックルでも「原子力の闇」と題して原子力発電と核武装が話題となりました。今回はこの問題を掘り下げてみます。 ...続きを見る

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2011/07/09 17:34
(124)東日本大震災に思う(29)  日本初の原子力発電所 誕生秘話
(124)東日本大震災に思う(29)  日本初の原子力発電所 誕生秘話 (1)ビキニ環礁・原水爆実験、その名は水着に 1946年7月5日、フランスのデザイナー ルイ・レアールが、セパレーツの大胆な水着を世界で初めて発表しました。この年、アメリカの原水爆実験が中部太平洋マーシャル諸島ビキニ環礁で初めて行われたことから、自分のデザインした水着(下写真)が、原水爆なみの衝撃と効果を巻き起こすことを期待して「ビキニ」と名付けました。今や世界に広まり、7月5日は「ビキニの日」になっているようです。 その、ビキニ環礁の原水爆実験は、戦後1946年〜58年の間、続けて行われて... ...続きを見る

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2011/06/26 17:03
(112)東日本大震災に思うP 原子爆弾から原子力発電へ.
(112)東日本大震災に思うP 原子爆弾から原子力発電へ. (1)原子爆弾 下の写真は私がアメリカ大陸横断旅行をした時に、テネシー州の州都ナッシュビルの戦争記念館で撮った写真です。広島に投下された原子爆弾の実物大の模型と私です。 ...続きを見る

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2011/06/19 22:43
(93)東日本大震災に思うB 米軍の支援「トモダチ作戦」
(93)東日本大震災に思うB 米軍の支援「トモダチ作戦」 自衛隊と米軍などによる岩手、宮城、福島県沖600kmにわたる行方不明者の捜索が4月3日終わりました。総勢25,000人、航空機120機、艦艇65隻が出動した大捜査でしたが、収容された遺体数は78でした。私は遺体収容数が少なく唖然としましたが、津波で流された遺体が潮流に流されもっと遠い海に流されて行ったのではないかと思います。改めて収容出来なかった方々のご冥福をお祈りします。 ...続きを見る

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2011/04/05 14:35
(92)東日本大震災に思うA 自衛隊の活躍
(92)東日本大震災に思うA 自衛隊の活躍 4月1日の日経夕刊に、東日本大震災の発生から3週間となる4月1日から3日間の予定で、自衛隊は、在日米軍、海上保安庁、地元警察や消防と連携して、行方不明者の一斉捜索を開始したとの記事がありました。その範囲は岩手、宮城、福島3県の沿岸部約600km。、捜索には、陸海空3自衛隊から18,000人、米軍7,000人、自衛隊と米軍の航空機120機、艦艇65隻が出動するとあり、次の写真の行方不明者捜索に向かう自衛隊のヘリコプターが掲載されました。 自衛隊は地震発生直後から、直ちに被災地に赴き、大規模な支援... ...続きを見る

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2011/04/03 12:19

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